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どこまでも澄み渡るコバルトブルーの空と、太陽の光を浴びて宝石のようにきらめくプライベートプール。
そこは、世界中のセレブリティが憧れる南国の楽園だった。
パラソルの下で優雅にトロピカルカクテルを傾ける者、しなやかな肢体を惜しげもなく晒して寝そべる者、涼しげに水しぶきを上げる者。プールサイドを彩るのは、息をのむほどに美しい「美女」たち。
誰もがその完璧な光景に目を奪われる。だが、この場にいる誰一人として気づいていない。
――ここに集う美女たちの「中身」が、ことごとく歪んでいるということに。
ある者は、つい数時間前に見ず知らずの令嬢の肉体を乗っ取ったばかりの精神憑依者。
またある者は、高度なナノマシンで骨格ごと書き換えた元男性の変身能力者。
そして別の者は、精巧に作られた「美少女の皮」をまとって息を潜める異形のもの。
それぞれが、他人に決して明かせない秘密と、それぞれの思惑を抱えてこのリゾートにやってきた。
「みんな、本当に綺麗……」
グラスの縁をなぞりながら、一人の美女が内心で冷や汗を流す。
周りを見渡せば、どこを切り取っても絵になる本物の美女ばかり。
まさか自分のように、中身がおっさんだったり、皮を被った化け物だったりする奴が、この中に混ざっているはずがない。
「絶対に、私(オレ)の正体だけはバレるわけにはいかない――」
互いが互いを「完璧な天然物の美女」だと信じて疑わないまま、探り合いと虚飾に満ちた、奇妙で優雅なバカンスの幕が開く。
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青い海、眩しい太陽、そして風に揺れるヤシの木。
どこをどう見ても、ここはテレビでしか見たことがない南国の最高級リゾートだ。
(なんで、俺がこんなところにいるんだ!?)
デッキチェアに横たわり、トロピカルドリンクのストローを咥えたまま、「私」はパニックを押し殺していた。
視線を少し下に向ければ、視界に入るのは細くしなやかな白い指先、豊かな胸元、そしてビキニから伸びる見事な脚のライン。
手元にある手鏡をこっそり覗き込めば、そこには誰もが振り返るような、可憐で高貴な和風美女の顔が映っていた。
名前は……確か、花菱 玲奈。
日本のトップクラスの財閥「花菱グループ」の令嬢。
そして、その中身(精神)は――数時間前まで、しがないフリーターとして狭いアパートでカップ麺を啜っていた二十代の男、俺だ。
原因はさっぱりわからない。
自室で横になってスマホをいじっていたはずが、気がついた時にはこの豪華なプライベートプール付きホテルのベッドの上だった。
しかも、頭の中には「玲奈」としての育ちの良すぎる記憶と、自分が乗っ取ってしまったという生々しい自覚だけが残されていたのだ。
(やばい、やばすぎる! よりによって超お嬢様かよ! バレたら精神科送りか、怪しい研究所に解剖されるかの二択だろこんなの!)
冷や汗が背中を伝う。
だが、奇跡的に周囲の人間――バカンスに同行してきたと思われる女性SPやメイドたちは、俺の異変に気づいていない。
玲奈の記憶を必死に手繰り寄せ、「少し体調が悪いから一人にしてほしい」と品良く微笑んでみせたら、すんなりプールサイドで一人にしてくれたのだ。
(よし、落ち着け。玲奈の記憶によれば、ここは世界中のセレブが集まるプライベートリゾート。周りを見渡してみろ)
少し離れたプールサイドを見やる。
日焼けオイルを塗っている金髪のスーパーモデル風美女。
涼しげな顔で水中に潜っていく、スタイル抜群のアジアンビューティー。
パラソルの下で優雅に洋書を読んでいる、知的でミステリアスな美女。
どこを切り取っても、絵画のように美しい「本物の美女」ばかりだ。
(はぁ、みんな眩しすぎる。品があって、スタイルも良くて、立ち振る舞い一つ取っても完璧だ。
こんな『本物』の美女たちに囲まれてると、余計に自分が偽物だって突きつけられてる気がするな)
『玲奈』としての完璧な振る舞いを崩さないよう、俺は背筋をピンと伸ばし、カクテルを一口嗜むフリをした。
内心では心臓がバクバクと鳴り響いている。
(絶対にバレちゃダメだ。俺が本当は『おっさん手前のフリーター男』で、この令嬢の体を乗っ取った性悪な憑依者だなんて知られたら!)
「花菱様、冷たいおしぼりをお持ちいたしました」
背後から声がかり、俺は跳ね起きそうになるのを必死で抑えた。
「ええ、ありがとう。そこに置いておいてちょうだい」
玲奈の記憶にある「お嬢様言葉」を完璧に再現し、優雅に微笑む。
スーツを着こなした凛々しい女性SPは怪しむ様子もなく「かしこまりました」と一礼して去っていった。
(ふぅ……危ない。セーフだ!)
胸を撫で下ろす俺。
……しかし、俺はまだ知らなかった。
すぐ隣で優雅に洋書を読んでいるミステリアス美女の中身が、『高度なナノマシンで体を女性化した元・冷酷な暗殺者(男)』であることを。
そして、水中でしなやかに泳ぐ美女の皮の裏側に、『人間を観察するために化けている異形の怪物』が潜んでいることを。
誰もが「自分以外の全員が、完璧で本物の美女だ」と信じ込み、己の正体を隠すために命がけの「演技」を続けているということに、この時の俺はまだ、気づく由もなかった――。
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パラソルの下で優雅に脚を組み、分厚い洋書に視線を落とす。
風に揺れるプラチナブロンドの髪を細く長い指で掻き上げるその姿は、誰の目にも「知られざる国の王女」か「トップ女優」にしか見えないだろう。
(南西のヤシの木の上、狙撃ポイントとして最適だな。いや、海風の計算が狂うか。私ならあそこではなく、ホテル3階のバルコニーから)
分厚いサングラスの奥で、「私」の眼球は凄まじい速度で動き、周囲の地形と射線を無意識に割り出していた。
(ハッ!? いかんいかん、またやってしまった)
慌てて思考を打ち消し、私は手元にあるトロピカルドリンクのグラスを手に取る。
優雅にストローへ唇を寄せながら、私は内心で深いため息をついた。
私の現在の名前は、イリス。
だが、それは数年前にパスポートと共に手に入れた仮の名に過ぎない。
本当の素性は――裏社会で恐れられた、元・超一流の暗殺者。正真正銘の「男」である。
血生臭い世界から完全に足を洗うため、私は組織から莫大な資金を横領し、闇の医療機関で最先端の軍事用ナノマシンを自身の体に注射した。
ナノマシンは数ヶ月かけて私の骨格、筋肉量、声帯、そして細胞の隅々までを完全に書き換え、この「完璧な美女」の肉体を作り上げたのだ。
今回は仕事ではない。暗殺対象もいない。
ただ純粋に、第二の人生のスタートとして、この南国の最高級リゾートへ羽を伸ばしに来ただけだ。
(落ち着け、私。お前はもうただの美しい一般女性だ。平和なバカンスを楽しむんだ……)
言い聞かせるように、グラスに添えられた金属製のマドラーを指先で弄る。
(このマドラー、適度な重さと硬度があるな。相手の死角から頸動脈に突き立てれば、3秒で確実に沈められる。処理するならプールの中か? いや、血が広がるから清掃係に変装して……)
(だから違うだろうが!!)
自身の染み付いた「職業病」に、私は内心で盛大にツッコミを入れた。
気を抜くとすぐにこれだ。ウェイターが近づいてくれば足音から隠し武器の有無を判定してしまい、隣のパラソルの陰が動けば即座に本を盾にする構えをとってしまう。
(周りを見てみろ。あんなに平和を謳歌している『本物』の美女たちを)
私はサングラス越しに、少し離れたデッキチェアで休んでいる日本の令嬢――花菱玲奈(※中身は憑依したフリーター男)へと視線を向けた。
(なんと隙だらけで無防備なことか……。SPを連れているとはいえ、あの令嬢自身の危機管理能力はゼロに近い。彼女の顔には「私は何の疑いも持たず、温室で育てられた純真な女です」と書いてある。平和な世界で生きている証拠だな)
私はフッと、自嘲気味に、しかし妖艶な微笑みを口元に浮かべた。
(彼女のような『完全な天然物の美女』に、私の正体が元・男の暗殺者だなんてバレるわけにはいかない。怪しまれないよう、もっと女性らしく、美しく振る舞わなければ……)
私は洋書をそっと閉じ、隣で微動だにせず寝そべっているアジアンビューティー(※中身は人間を観察中の異形の怪物)を見つめながら、さらに「完璧な女性の演技」を磨く決意を固めるのだった。
――誰もが自分の正体を隠し、他者を「本物」だと信じて疑わない、息詰まるような(しかし見当違いな)心理戦は続く。