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/tachiha/ - たちは板κ

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死ぬというのは、もっと劇的なものだと思っていた。
ドラマのように愛する人の名前を叫ぶわけでもなく、ドラマチックな走馬灯が駆け巡るわけでもない。
ただ息が吸いにくくなって、視界が白く霞んで、心臓の鼓動がゆっくりと遅くなっていく。末期癌。それが二十歳そこそこの俺に与えられた結末だった。
(ああ、俺の人生、本当に何にもなかったな)
冷たい天井を見つめながら、最後にひとつだけ大きな息を吐き出した。
それが、俺という人間の終わり――のはずだった。


「……様。……美月様! 目を覚ましてください!」
重い瞼を開くと、強烈な消毒液の匂いが鼻をついた。
……おかしい。
俺はさっき死んだはずだ。
それに、声が高い。
自分の口から漏れた呼吸音が、やけに可愛らしく響く。
「……う、ん……?」
「よかったです……! 先生、美月様の意識が戻りました!」
視界がクリアになるにつれ、違和感は決定的なものになった。
視界に入る自分の手。
細く、白く、小さな指。
胸元を見下ろせば、生前の俺には存在しなかった柔らかなふくらみがナース服を押し上げている。
パニックになりかけた俺の前に、白衣を着た初老の医師が滑り込んできた。
彼は周囲の看護師たちを退けると、真剣な眼差しで俺――いや、俺の『身体』を見つめ、重い口を開いた。
「……君か。君の意識なのかね、速水くん」
なぜ、この医者は俺の名前を知っている?
混乱する俺に、医師は落雷のような事実を突きつけてきた。
「落ち着いて聞いてほしい。君の元々の身体は……今、別の病室で脳死状態にある。君が今入っているこの身体は、当院の看護師――七瀬美月のものだ」
医師の説明を要約すると、事態はこうだった。

七瀬美月の不治の病:彼女は現代医学では治らない特殊な脳の病に侵されていた。

病院の跡取り息子:彼女はこの大病院の御曹司と極秘結婚しており、彼らはなりふり構わず美月を救おうとしていた。

俺の『特殊体質』:癌で死にかけていた俺は、実は超レアな「特殊細胞」の保持者だった。

極秘の臨床試験:俺の細胞を美月の脳へ移植する違法スレスレの治療が行われた結果――病気は奇跡的に完治した。ただし、俺の意識が美月の脳を乗っ取る形で。


「美月くんの意識は眠ったままだ。だが……君の細胞が定着した以上、引き剥がせばこの身体も死ぬ。頼む速水くん、美月として生きてくれ!」
医師は俺の手を握りしめ、必死の形相で頭を下げた。
名門病院の跡取り息子の妻が死んだとなれば、病院の威信も株価も暴落するらしい。
「大丈夫……なりすませる」
思わず口をついて出た言葉に、俺自身が驚いた。
脳の奥底を検索するように意識を向けると、まるで自分の思い出のように「七瀬美月」の記憶が溢れ出してきたのだ。
彼女の生い立ち、看護師としての知識、そして……夫である跡取り息子との、甘く苦い思い出まで。完璧に「七瀬美月」を演じきれる絶対的な確信があった。
(元の俺の身体はもう死にかけていて、戻る場所もない……か)
人生のどん底で死を待つだけだった男に、突如として与えられた二度目の生。
しかもそれは、誰もが振り返るような美しい女性看護師で、名門病院の御司の妻という、とんでもないハードモードの「偽りの人生」だ。
「……分かったよ、先生」
俺は美月の記憶にある、彼女独特の柔らかい微笑みを浮かべてみせた。
「今日から私が、七瀬美月です」
こうして、俺の……いいえ、私の、破滅と隣り合わせの二度目の人生が始まったのだった。

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「――というわけだ。君が倒れた理由は『連日の勤務による過労』として処理してある」
医師――この病院の院長でもある男は、周囲に誰もいないことを確認してから低く囁いた。
「今日一日はこの個室で休んでもらう。その間に、美月くんの記憶を完全に整理し、脳に定着させるんだ。……いいな? 少しでもボロが出れば、君も私も終わりだぞ」
「分かっています」
ナース服から患者着に着替えさせられた俺――いや、私は、ベッドの上で深く息を吐いた。
頭の中に浮かぶ美月の記憶ライブラリを検索する。
彼女の癖、好きな食べ物、看護師としてのスキル、そして……夫についての情報。
(七瀬 明夫……この病院の次期院長で、誰もが羨む男。でも二人の関係は……)
記憶の扉を開くたび、甘やかで胸がキュッと締め付けられるような、けれどどこか冷ややかな感情が流れ込んでくる。
美月は彼を愛していた。だが、明夫のほうは――。
コンコン。
ノックの音と同時に、ドアが開いた。
「美月! 無事なのか!?」
入ってきたのは、高級スーツを完璧に着こなした若く美しい男だった。
整った顔立ちには焦りの色が浮かんでいる。彼こそが、私の「夫」である七瀬明夫だった。
(……くっそ、絵に描いたようなイケメンだな)
内心で毒づきながらも、私は美月の記憶にある「妻としての顔」を即座に引っ張り出した。
少し驚いたように目を見開き、それから申し訳なさそうに眉をひそめる。
「明夫さん。心配をかけて、ごめんなさい。私、仕事中に少し目眩がして……」
声を震わせ、弱々しく微笑んでみせる。
完璧だ。
美月の記憶にある通りの「健気な妻」の演技。
明夫は一瞬、ハッとしたように足を止めた。その瞳に一感の違和感が走ったのを、私は見逃さなかった。
(まずいか!? 呼吸や間合いが違ったか!?)
背中に冷や汗が流れる。
だが、明夫はすぐに表情を崩し、ベッド脇まで駆け寄ると私の手を両手で包み込んだ。
「本当によかった……君に何かあったら、僕はどうにかなってしまいそうだったんだよ。院長から『もう心配ない』と聞いて、飛んできたんだ」
「明夫さん……」
手から伝わる温もりに、美月の胸の奥がキュンと跳ねる。……いや、これは美月の残留思念だ。
騙されるな俺、相手は他人の夫だぞ。
「ここは狭くて落ち着かないだろう。すぐに最上階のVIP用特別病室へ移動させる。あそこなら君もゆっくり休めるはずだ」


案内されたのは、病院の中とは思えない場所だった。
ホテルのスイートルーム顔負けの広さ、ふかふかの絨毯、壁一面のガラス窓から見下ろす街の夜景。
ここが「最高級病室」らしい。
(金持ちのスケールが違いすぎるだろ……)
呆然と立ち尽くす私に、明夫は優しく微笑みかけながら、病室に併設された専用バスルームのドアを指さした。
「美月、汗をかいて気持ち悪いだろう? 専用のジャグジーにお湯を張っておいたよ。ゆっくりお風呂に入ってリフレッシュするといい。……上がったら、二人でゆっくり話そう」
その瞳には、妻を労わる慈愛と――どこか逃がさないと言わんばかりの、濃密な執着が宿っていた。
(お風呂? この身体で……男である俺が、美月の身体を洗い流すのか!?)
さらなる試練の予感に、私はゴクリと唾を飲み込んだ。

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「あ、ありがとう、明夫さん。じゃあ、お言葉に甘えて……」
私はぎこちない笑顔を浮かべ、逃げるように専用バスルームへと駆け込んだ。
重厚なドアを閉め、カチャリと鍵をかける。
その瞬間、肺の中の空気をすべて吐き出すように深く息を吐いた。
(あっぶねぇぇぇっ!! 息が詰まって死ぬかと思ったわ!!)
夫のあの熱っぽい視線、なんなんだよ。
美月の記憶によれば、彼は普段から彼女に甘く、どこか執着めいた愛情を注いでいたらしい。
だが今の俺は、中身はおっさん……いや、二十歳そこそこの男だ。心臓に悪すぎる。
胸を押さえながらふと顔を上げると、洗面台の巨大な姿見(鏡)が目に入った。
「……あ」
そこに映っていたのは――息をのむほどの美少女だった。
透き通るような白い肌。
少し湿り気を帯びた濡れた瞳と、ふっくらとした桃色の唇。患者着の胸元からは、男だった俺の人生では拝んだこともないような柔らかそうな曲線が覗いている。
(ま、マジか。これ、本当に俺(美月)なのか?)
恐る恐る手を伸ばし、鏡の中の頬に触れてみる。
鏡の向こうの美少女も、まったく同じタイミングで自分の頬に指先を添えた。指先から伝わる滑らかな肌触り。
(すっげぇ。めちゃくちゃ可愛いじゃねえか! ライトノベルのヒロインだって、ここまで整ってねえぞ!?)
元が死にかけの冴えない男だっただけに、その圧倒的な「美」に対する感動が波のように押し寄せてくる。
思わず自分の胸を上からそっと揉んでしまいそうになり――ハッと正気に戻って首を振った。
(アホか俺は! 何感心してんだ! 今はとにかく、美月としての立ち振る舞いを完璧にして、このピンチを切り抜けるのが先決だろ!)
熱いジャグジーに浸かりながら、俺は必死に美月の記憶を整理した。
彼女の話し方、笑い方、明夫との日常。彼女の脳にあるデータを自分のものとして馴染ませていく。
(良し。なんとかいけそうだ。だが……今日はもう、これ以上あいつと深い話をしたり、余計な接触をするのはリスクが高すぎる)
お風呂から上がり、備え付けのラグジュアリーな部屋着に身を包んで病室に戻ると、明夫はソファに腰かけていた。
「上がったかい、美月。体調はどう?」
明夫が立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。その瞳には、お風呂上がりでほんのり赤くなった私の肌を凝視するような、怪しい熱が宿っていた。
ここでスキンシップを取られたら、俺のメンタルが持たない。
私はそっと両手を胸の前で重ね、少し伏し目になりながら、弱々しく――けれど可憐な声を出した。
「明夫さん。ごめんなさい。お風呂に入ったら、なんだか急にどっと疲れが出てしまって」
「えっ……大丈夫かい?」
「ええ、ただ、頭が少し重くて。お医者様からも『今日はとにかく脳を休ませて、ゆっくり過ごすように』と言われているの」
私は上目遣いで明夫を見つめ、申し訳なさそうに言った。
「せっかく来てくれたのに、本当にごめんなさい。今日は……一人で静かに休ませてもらってもいいかしら? 明日には、きっと元気になっていると思うから……」
美月の記憶にあった「ちょっと甘え上手で、控えめな断り方」だ。完璧な演技のはず。
明夫は一瞬、寂しそうな、あるいは納得いかないような表情を浮かべたが、すぐに優しい微笑みに取り繕った。
「そっか。そうだよね、倒れたばかりなんだ。無理をさせてごめん」
明夫は私の頭にそっと手を置き、優しく撫でた。その手に思わず体が強張るが、なんとか耐える。
「じゃあ、今日はもう帰るよ。何かあったらすぐにナースコールを呼ぶんだよ? おやすみ、美月」
「はい。おやすみなさい、明夫さん」
ドアが閉まり、明夫の足音が遠ざかっていくのを確認した瞬間、私はベッドになだれ込んだ。
(ふぅぁぁぁぁ……耐えたぁぁぁ!!)
ふかふかの高級ベッドに顔をうずめながら、私は天井を見上げる。
ひとまず、今日の危機は去った。
だが、明日退院すれば、私はあのイケメン夫の待つ大邸宅へ行き、「妻」として生活しなければならないのだ。
(俺の第二の人生……一筋縄ではいかないみたいだな……)
美少女になれた感動と、今後の展開への猛烈な不安を胸に抱きながら、私は深い眠りにつくのだった。

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目が冴えてしまった。

身体の感覚が、あまりにも「俺」の知っているそれと違っていたからだ。
ふかふかのベッドの上で体を起こす。
部屋着の下、薄い生地一枚を挟んだだけの胸元が、体の動きに合わせてやけに存在感を主張してくる。
ノーブラの解放感と重み。それがダイレクトに肌へ伝わってくるのが、たまらなく不気味で、そしてどこか奇妙だった。
無意識に、生前の癖で足を崩してあぐらをかく。
その瞬間、股間に強烈な違和感が走った。
(……すかすかする)
あるはずのものが、ない。
男として二十年間、当たり前にそこにあった重みが消え去り、かわりにどこか寒々しいような、無防備でさみしい感覚が広がっている。
股関節の柔らかさも男のそれとはまるで違っていて、あぐらをかいても膝がすんなりとベッドに沈み込んだ。
「はぁ……本当に女になっちゃったんだな、俺」
漏れ出た声は、鈴を転がすように可憐だ。
俺はゆっくりと両手を伸ばし、部屋着の上から自分の胸を下から包み込むように持ち上げてみた。
手のひらにすっぽりと収まる、ずっしりとした柔らかい感触。
持ち上げると、肩にかかっていた謎の重みがふわっと軽くなる。
指先から伝わる体温と、自分の胸を自分で揉んでいるような怪しい感覚に、思わず背筋がぞくっと痺れた。
(柔らかすぎるだろ、これ。ていうか、美月さん、胸でかすぎないか?)
手のひらを少し狭めると、指の間から柔らかい肉が溢れ出す。
自分の身体なのに、まるで精巧にできた高級な抱き枕でも触っているかのようだ。
「……何やってんだ俺は」
我に返り、慌てて手を離す。
胸がとんと揺れて、元の位置へと戻った。
鏡を見るまでもなく、今の俺は完全に「七瀬美月」だ。
股間の喪失感と、胸の圧倒的な存在感。この身体のすべてが、俺にもう戻れない過去と、逃げられない「女としての第二の人生」を突きつけていた。

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持ち上げた手を離したあとも、指先に残る熱と柔らかい感触が頭から離れない。
静まり返った最高級病室。
広すぎるベッドの上で一人、俺はポツンと佇んでいた。
(いや、待て。これは俺の意志なのか?)
胸の奥から湧き上がってくるのは、男だった頃の好奇心だけじゃない。
病から解放され、血流が戻ったこの身体自身が求めているような、強烈で甘い疼きだった。
脳に残る「七瀬美月」の記憶と神経系が、俺の意思を追い越して身体の反応を引き出している。
吸い寄せられるように、右手がつと下に伸びた。
薄い部屋着の生地越しに、すかすかとした股間の先――今までとは全く違う、繊細で熱を帯びた場所に指先が触れる。
「っ……ふぁ……」
思わず口から漏れたのは、自分でも聞いたことのない艶っぽい声だった。
たった一度、優しく撫でただけで、背筋を電撃が駆け抜けるような刺激が全身を襲う。
男の時とは比べものにならないほど過敏で、深い感覚。股間のさみしさを埋めるように、指先が滑らかに動き出してしまう。
「あ……く、つ……っ」
あぐらをかいた足にぎゅっと力が入り、膝が震える。
ノーブラの胸が、激しくなる呼吸に合わせて大きく上下した。
男としての理性が「病院で何やってんだ」と叫ぶ一方で、女となった身体の快楽はあまりにも鮮烈で、抗うことなんてできそうになかった。
自分の指で、自分ではないはずの美しい身体を暴いていく背徳感と熱狂。
静かな病室に、湿った呼吸音と衣擦れの音だけが、小さく響き続けていた。



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