5e42e528 No.4174
「本当に、効くんだな……これ」
放課後の男子トイレの個室。
僕は姿見用の小さなミラーをのぞき込み、息をのんだ。
そこに映っていたのは、冴えない男子高校生である僕――結城ソラの姿ではなかった。
桜色の髪飾りが良く映える栗色のツインテール、透き通るような肌、そして華奢で可憐な少女の姿。
試しに軽く足を上げてみると、男子だった頃の体が嘘のように柔らかく、まるで重力がないみたいにすっと上空へ伸びた。
目的はひとつ。
新体操部の絶対的エースであり、学園のアイドルでもある三島先輩に近づくこと。
男子生徒としては遠くから眺めることしかできなかった雲の上の存在。
だけど、この怪しげな同好会の先輩から譲り受けた「性別逆転薬」があれば話は別だ。女子として新体操部へ見学に行けば、彼女と自然に接点を持てるかもしれない。
「よし……大丈夫、声もちゃんとかわいくなってる」
喉を鳴らして自分の声を確認すると、緊張で高鳴る胸を抑えながら個室の扉を開けた。
タイムリミットは薬の効果が切れるまでの数時間。
憧れの先輩に近づくための、僕の大胆な作戦が幕を開ける。
8232f9c1 No.4512
個室の鍵をそっと開け、隙間から外の様子をうかがう。
幸い、男子トイレに人影はない。つま先立ちで静かに脱出すると、僕は廊下の姿見へ向かって一目散にダッシュした。
(うわ、スカートって……こんなに下半身がすーすーするんだ……!)
歩くたびにふわっと揺れる裾と、胸元に感じるかすかな重み。
女子の体という慣れない構造に戸惑いつつも、廊下の鏡に映る自分を見て、思わず言葉を失った。
そこにいたのは、誰もが思わず振り返るような美少女だった。
栗色のツインテールが揺れるたび、桜色の髪飾りがキラキラと放課後の夕日を反射している。
怪しげな『錬金術同好会』の部長先輩を疑って悪かったと、心の中で深く陳謝した。あの先輩、本物の天才かもしれない。
「よし、タイムリミットは日没まで。それまでに三島先輩と知り合いになって、あわよくば連絡先を――」
自分に気合を入れ直し、僕は新体操部が練習している第二体育館へと向かった。
体育館の重い扉をそっと開けると、そこは甘い柔軟剤の香りと、華やかなリボンの残像が舞う別世界だった。
フロアの中央で、一際しなやかに、まるで重力を無視したかのように舞っている少女がいる。
8232f9c1 No.4514
三島凛(みしま・りん)先輩。
学園トップの容姿と、全国レベルの新体操の技術を兼ね備えた、まさに『孤高の姫君』。
近くで見ると、その圧倒的なオーラに息が詰まりそうになる。
男子生徒としての僕なら、遠くから眺めるだけで心臓が破裂しそうだったけれど――今の僕は『見学に来た女子生徒』だ。
「あら? 見慣れない顔ね。見学希望の子?」
うっとり見とれていると、練習の合間に汗を拭っていた三島先輩が、こちらに気づいて歩み寄ってきた。
間近で見る先輩の整いすぎた顔立ちに、心臓が爆発しそうなほどの跳ね方をする。
「は、はいっ! 新体操部に……その、興味があって!」
「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。……それにしても、すごく可愛らしい子ね。髪飾りも素敵」
先輩がクスッと微笑み、僕の頭に優しく手を伸ばした。
ぽんぽん、と頭を撫でられる。
瞬間、僕の脳内は大パニックを起こした。
(や、やばい! 距離が近い! 先輩のいい匂いが直撃してる……っ! 男子の心が耐えきれない!)
顔が真っ赤になるのを必死で耐えていると、先輩は僕の体つきをまじまじと見つめ、ふと興味深そうに目を細めた。
「すごくしなやかな体つきをしているわね。ねえ、試しに少し体を動かしてみない? 柔軟性を見るだけでも」
「えっ、あ、はい! 喜んで!」
断る理由なんてない。僕は快諾すると、フロアのマットの上に立った。
男子時代は体力測定の長座体前屈で平均以下の記録しか叩き出せなかった僕だが、今の僕にはあの『性別逆転薬』の副産物――異常なまでの体の柔らかさがある。
試しに、マットの上でスッと開脚してみた。
180度、何のリスクもなく完璧に開く股関節。
さらにそのまま、上半身を前に倒してべったりと床に密着させる。
「っ……!?」
周りで練習していた部員たちの動きが、ピタリと止まった。
三島先輩も目を見開き、驚きで絶句している。
「な、なに今の……!? まったく力が入っていないのに、完全に骨盤が開いている……!? あなた、体操経験者なの!?」
「い、いえ! まったくの素人です!」
「嘘でしょう!? その柔軟性と、無駄のないフレーム……天性の才能よ!」
先輩の目が、これまでの穏やかなものから、肉食動物が獲物を見つけたかのような熱い眼光へと変わった。
ガシッと両肩を掴まれる。距離はわずか数センチ。
「あなた、名前は?」
「ゆ、結城……結城ソラです!」
「ソラちゃんね! 決めたわ、あなた今日から入部しなさい! 私が責任を持って、次の大会までにレギュラーに育て上げてあげる!」
「ええぇぇぇっ!?」
想像以上の食いつきに、僕は悲鳴をあげた。
接点を作るどころか、超大型新人としてロックオンされてしまったらしい。
(どうしよう……! 嬉しいけど、このままだと毎日女子として部活に出なきゃいけなくなる!?)
冷や汗を流す僕の耳に、遠くから夕方5時を告げるチャイムの音が聞こえてきた。
同時に、下腹部のあたりがカッと熱くなるのを感じる。
(しまっ――薬の切れる前兆だ……っ!)
「あの、三島先輩! 今日は一旦失礼しますっ! 明日また来ますから!」
「あ、待ちなさいソラちゃん! 連絡先だけでも――!」
引き留める先輩の声を背中に受けながら、僕は全速力で体育館を飛び出した。
タイムリミットはもう目と鼻の先。
男子に戻ってしまう前に、どこか誰もいない場所に隠れなければ――!
憧れの先輩との接近戦、そしてまさかのスカウト。
僕の波乱に満ちた『性別逆転・放課後ミッション』は、予想外の方向へ加速し始めていた。