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/tachiha/ - たちは板κ

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48e2db9e No.4040

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7e4f5183 No.4255

肉体を失う感覚というのは、存外、呆気ないものだった。
大正の御世、帝都を揺るがした大怨霊との死闘。
己の命と引き換えに結界を張ったあの一戦で、術者としての俺の生涯は終わった――はずだった。
(……温かい。いや、熱いのか?)
意識の底から這い上がると、視界は深い闇に包まれていた。
だが、手足の感覚がない。
代わりに、己の存在がひとつの「焔」となって揺らめいている感覚がある。
青く澄んだ、霊魂そのものの火だ。
その青い炎は、吸い寄せられるように眼前にある「器」へと落ちていった。

ふっと、呼吸が繋がる。
「――っく……!?」
劇的な空気の流入とともに、胸が大きく上下した。
冷たい床の感触。肌に密着する、妙に伸縮性のある未知の衣類。
そして――ずしりと身体にまとわりつく、重い違和感。
「ここは……冥府か……?」
声を漏らした瞬間、己の喉から出た音に固まった。
高い。
そして、あまりにも可憐で繊細な声。
がばりと体を起こす。
視線を手元に落とすと、そこにあったのは骨の細い、白くしなやかな少女の手だった。
爪には薄く桃色の光沢すら塗られている。
(な、なんだ!? 男の体ではない……!?)
慌てて周囲を見渡す。
そこは大正の世には存在しなかった、ガラス張りの巨大な館――体育館と呼ばれる場所のようだった。
目の前の壁一面には、大きな鏡が据え付けられている。
そこに映っていたのは。
透き通るような綺麗に切り揃え、緋色の瞳をした、息をのむほどの美少女だった。
体にぴったりとフィットした青いレオタードという衣類を身に纏い、その胸元は豊かに波打っている。
「これが……今の俺……なのか……!?」
自分の胸に手を当てると、柔らかい感触とともに、確かに心臓が鼓動を打っていた。
死んだはずの俺の魂が、現代の少女の体に宿ってしまったのだ。
「ミサト? 大丈夫……!?」
突然、背後から声をかけられた。
振り返ると、派手な短いスカートを穿いた少女が、心配そうに駆け寄ってくる。
(まずい! 正体が知れれば、妖の類とみなされて討伐されるか、化け物として排除される!)
「あ、ああ……問題ない。案ずるな……」
武士のように重厚な口調で返してしまい、慌てて口を押さえる。
駆け寄ってきた少女は一瞬きょとんとしたが、すぐに困ったような笑顔を浮かべた。
「もう、頭でも打っちゃった? 急に倒れるからびっくりしたよ。さすがの新体操部キャプテンでも、最近無理しすぎじゃない?」
(……シンタイソウ部、キュプテン……? 神崎、ミサト……?)
相手の言葉を聞いた瞬間、脳の奥底でカチリと小さな歯車が噛み合った。

『――美里ちゃん、次のリボンの構成、見せて!』
『キャプテン! 今年のインターハイ、絶対みんなで行こうね!』
ズキリ、と頭に痛みが走る。
頭の中に、見たこともない風景と、記憶の断片が少しずつ流れ込んできた。

7e4f5183 No.4256

この少女の名は、神崎 美里(かんざき みさと)。
この学校の新体操部で、部員たちの信望を一身に集める絶対的なエースにしてキャプテン。
(なるほど。これがこの身体の主の『記憶』か……)
完全に融合してはいないものの、意識を集中すれば、彼女の過去や知識が少しずつ手に入ることが分かった。
言葉遣い、学校での立ち回り、新体操という演舞の手順――それらを模倣できなければ、俺の正体は一発で露呈する。
「……ふぅ。すまない、少し目眩がしただけだ。いや……大丈夫よ」
大正の陰陽師としての威厳を殺し、脳内の記憶から引き出した「神崎美里」の声を真似る。
「本当に? 美里ちゃんが休むなんて珍しいからさ。無理しないでね」
「ありがとう。心配をかけたわね」
ふっと微笑んで見せると、相手の少女は「ううん、よかった!」と胸を撫でおろした。なんとか誤魔化すことには成功したらしい。
(危ないところだった。だが、なぜ俺はこの少女に憑依したのだ? それに、この学校の空気……)
美里の体を通して周囲の霊気を探る。
体育館の天井付近、日の差さない陰の部分に、どろりとした嫌な妖気が漂っているのが感じ取れた。
現代の人間には見えないだろうが、霊峰の陰術師であった俺の眼からは隠し通せない。
(――なるほど。この学校には『怪異』が巣食っているな)
美里の記憶によれば、新体操とは「肉体の美しさと柔軟性を極限まで高め、道具を自在に操る演舞」だという。
美里の鍛え抜かれたしなやかな肉体、そして俺の持つ陰陽術の知識。
(面白い。この神崎美里の体を借りる以上、彼女の日常を守るのも俺の務め。)
胸元に手を当て、己の内に秘めた「青い炎」を静かに燃やしながら、俺――いや、神崎美里は鏡の中の自分に向かって口元をほころばせた。



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