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/tachiha/ - たちは板κ

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22fc1b40 No.4148

acfb639f No.4253

眩しい朝の光が目蓋を射抜き、僕は重い頭を抱えながら体を起こした。
喉が異常に乾いている。頭の奥がズキズキと痛み、まるで重度の二日酔いのような感覚だった。
「失敗したのか?」
カサついた声を出そうとして、自分の喉から漏れ出た音の「違和感」に固まる。
高い。あまりにも透き通った声だった。
(……え?)
覚醒しきっていない頭で、ゆっくりと周囲を見回す。
雑然とした大学近くのアパートの六畳一間。
散乱した論文のコピー、試験管、フラスコ、そして卓上コンロ。
そこは間違いなく、僕――薬学部二年の「桐島レン」の部屋だった。
しかし、布団から押し出された自分の手を見て、息が止まった。
白くて、驚くほど細い指。
爪は桜色に透き通り、手首は折れてしまいそうなほど華奢だ。
そして、胸元に感じる、ずっしりとした妙な重み。
「うそ……だろ……」
自分の声に怯えながら、僕は這うようにして姿見の前に向かった。
鏡に映っていたのは――僕ではなかった。
そこに立っていたのは、腰まで伸びた艶やかなブラウンの髪、吸い込まれそうな大きな瞳、すっと通った鼻筋、そして誰もが一目見ただけで息をのむような、完璧なプロポーションを持つ「美女」だった。
「成功したのか……!? 『TSF-09』が。真性可逆的性転換試薬が、本当に効いたのか!」
自分の胸を揉んでみる。
柔らかい触感と、全身を駆け抜ける未知の感覚。
間違いなく、本物の女性の体だ。

僕、桐島レンは、冴えないオタク男子大学生だ。
大学では影が薄く、女子とまともに話したことすらない。
そんな僕が、自室の密造ラボで密かに研究していたのが「一時的に性別を完全転換させる薬」だった。
目的は単純だ。
「もし自分が誰もが羨むような美女になったら、この退屈で惨めな人生はどんな景色に見えるんだろう」という、バカげた好奇心と現実逃避。
「すごい。本当に、女の子になっちゃった」
鏡の中の美女が、僕の感情に合わせて表情を変える。
首をかしげると、サラリと髪が肩から滑り落ちた。
その一挙一動が、恐ろしいほど絵になる。
だが、浮かれていたのも束の間。デスクの上に置かれたタイマーが『23:58:12』とカウントダウンを刻んでいるのが目に入った。
「効果時間は24時間。明日の朝には元の冴えない僕に戻る……はずだ」
そう、これはたった1日だけの魔法。
なら、この1日を、思い切り楽しまなきゃ損だ。

僕はクローゼットに走り……かけたが、当然ながら男物のスウェットやヨレヨレのTシャツしかない。
こんな完璧な美女の体に、男物のダサい服を着せるなんて罪悪感すら覚える。
「そうだ、先週……半ばノリで買っておいた、あの服!」

押し入れの奥から引き出したのは、通販で購入したレディースの服だった。
いつか薬が成功した時のためにと、こっそり揃えていたのだ。

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——数十分後。
鏡の前に立つ「私」は、自分でも見惚れるほどの変貌を遂げていた。
薄手の白いVネックニットに、ハイウエストのストレートデニム。
上から羽織ったのは、秋の風になびくベージュのトレンチコート。
シンプルだが、洗練された大人のコーディネート。
鏡の中の美女は、まるでファッション誌の表紙から飛び出してきたかのようだった。
「……よし、完璧」
それから動画を参考にしながら服と一緒にかった化粧道具で化粧をする。
化粧は見よう見まねだったが、うまく終えることができた。

——さらに数十分後。
自信に満ちた笑みを浮かべ、僕はドアノブに手をかけた。
街へ出よう。この姿で、秋のキャンパスを、あのイチョウ並木を歩くんだ。
その時、頭の奥でツンと小さな痛みが走った。
ほんの一瞬、昨日の夕飯に何を食べたか、思い出せなくなったような気がした。
だが、高揚感に包まれていた僕は、その違和感を「薬の軽い副作用だろう」と深く考えずに流してしまった。
まさかこの時、タイマーが刻む時間とともに、「桐島レン」という男子大学生の記憶が少しずつ消えていき、自分が本当にこの「美女」になりきってしまうなんて――この時の僕は、知る由もなかったのだ。
部屋の鍵を閉め、秋風が吹く街へと踏み出した。
カツン、カツンと、初めて履くヒールの音が、静かな朝の路地に心地よく響いていた。

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カツン、カツンとアスファルトを鳴らすヒールの音。
たったそれだけのことが、胸の奥を妙に誇らしく躍らせていた。
大学へ続くイチョウ並木に足を踏み入れる。
秋風が吹き抜けるたび、黄色く色づいた落ち葉が舞い、トレンチコートの裾を優しく揺らした。
いつもの散歩道。いつもの通学路。
それなのに――見慣れたはずの景色が、まるで別の世界に来たかのように鮮やかで、眩しかった。
(すごい。服一枚、性別ひとつ変わるだけで、世界ってこんなに違って見えるんだ)
男子大学生の「桐島レン」だった頃の僕は、いつも俯いて歩いていた。
誰とも目を合わせないように、なるべく気配を消して、背景に溶け込むように。
でも、今の「私」は違う。
背筋が自然と伸び、冷たい秋の空気を吸い込むだけで、全身に心地よい緊張感が走る。
ハイウエストのデニムに包まれた脚は驚くほど長く、歩くたびに流れる髪が、すれ違う人々の視線を惹きつけているのが分かった。
そして何より違うのは――周囲の反応だった。
「……ッ」
向かいから歩いてきた男子学生ふたり組が、私とすれ違った瞬間、ピタリと会話を止めた。あからさまに目を見開き、振り返ってまでこちらの姿を追いかけてくる。
カフェのテラス席に座っていたサラリーマンが、コーヒーカップを口元で止めたまま固まっている。
信号待ちの最中、となりに立った女性から「あの、そのコートすごく素敵ですね」と羨望の混じった声で話しかけられ、思わずドギマギしながら微笑みを返すと、彼女はポッと頬を染めて照れていた。
誰もが、私を見ている。
かつて僕を虫ケラのように無視していた世界が、今はまるで私を中心に回っているかのようだった。
優越感と、少しの羞恥心。
そして、全身を駆け巡るゾクゾクするような高揚感。
「自分は今、とびきり美しい女性としてここに存在している」という事実が、脳を甘く痺れさせていく。
(あはは、なんだこれ! 楽しすぎる!)
周囲からの視線や歓声を全身で浴びながら歩く心地よさに、僕はすっかり夢中になっていた。
……その時。
ズキン、と。
今度は先ほどよりも強い痛みが、頭の中央を貫いた。
(あれ? 僕……なんでこんなに浮かれてるんだっけ……?)
一瞬、思考に霧がかかる。
自分が「なぜ」この服を着て、「誰」としてここを歩いているのか。
その根幹にある理由が、指の隙間からこぼれ落ちる砂のように、さらさらと消えていく感覚。
「桐島レン」という冴えない男の記憶が薄れ、代わりに「この美しくおしゃれな私」としての意識が、脳内を急速に塗り替えていく。
「あ……れ……?」
足を止め、イチョウの木の下で立ち尽くす。
タイマーのカウントダウンは、着実に刻まれていた。



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