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/tachiha/ - たちは板κ

リレー小説用
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0ceea64c No.4231

478e80d9 No.4251

「はぁ……どこだ、ここ……」
スマートフォンの画面に表示されているのは『圏外』の二文字。
俺、佐藤タカシ(21歳・しがない男子大学生)は、深い山道の中で絶望していた。
一人旅の途中でカーナビの指示に従ったはずなのだが、気づけば街灯すらない険しい峠道。
ガソリンの残量警告灯はとっくに点灯している。
このまま遭難して、ニュースで「可哀想な男子大学生」として報じられる未来が頭をよぎった。
その時だった。
鬱蒼と茂る木の隙間から、ぼんやりと温かな灯りが漏れているのが見えた。
「た、助かった……!」
すがりつく思いで車を走らせると、そこには古びているがどこか情緒のある、木造の温泉旅館がひっそりと佇んでいた。
看板には『隠れ湯・あまのじゃく』と達筆な文字で書かれている。

車を止め、命からがら玄関の引き戸を開ける。
「すみませーん! 飛び込みなんですけど、一晩泊めてもらえませんか?」
奥から出てきたのは、割烹着を着た小柄なおばあさん——この宿の女将さんだった。
「おやまあ、こんな遅くに。うちみたいな寂れた宿でよかったら、空いてるよ。ちょうど今、一番自慢の露天風呂が沸いてるから、入っておいで」
親切な女将さんの言葉に、俺は涙が出そうになった。
案内された露天風呂に向かうと、そこには月明かりと灯籠の光に照らされた、幻想的な岩風呂が広がっていた。湯気とともに、心地よい硫黄の香りが漂ってくる。
脱衣所で服を脱ぎ捨て、湯船に身を沈める。
「あっはぁぁぁ!!生き返る」
体にじわ〜っと染み渡る温もり。
日頃の就職活動のストレスや、将来への不安、そして何より今日の遭難の恐怖が一気に溶け出していくようだった。
ふと、脱衣所に貼られていた古い貼り紙を思い出す。
『当館の湯は、心からの願いを一つ叶える「あまのじゃくの湯」なり』
「願い、か……」
俺は温泉のふちに肘をつき、夜空を見上げながらぽつりと言い散らした。
「俺さ、就活もうまくいかないし、友達も少ないし。もっとさ、みんなからチヤホヤされて、愛される存在になりたいなぁ。この温泉みたいにさ。」
それは、疲れ切った男子大学生の、ただの虚しい独り言だった。
湯上がりの体に心地よい脱力感を覚えながら、あてがわれた部屋の布団に潜り込む。
明日の朝、女将さんにお礼を言って、ガソリンスタンドを教えてもらおう。
そう思いながら、俺は深い眠りについた。


「……ん……朝か……」
鳥のさえずりと、清々しい朝日が目を覚まさせる。
なんだか妙に体が軽い。いつもより肩のあたりがすっきりしているし、なんだか胸のあたりに少し重みがあるような?
「んっ……ふぁ……」
あくびをして起き上がろうとした瞬間、喉から出た自分の声に違和感を覚えた。
(え? なんか声、高くないか?)
まるで女の子みたいな、通りの良い可憐な声だ。
風邪でも引いて声が変わったのだろうか。
違和感を覚えつつ、身支度をしようと部屋の隅にある姿見(鏡)の前へと歩み寄った。
そして、鏡に映った自分の姿を見た瞬間——俺の思考は完全にフリーズした。
そこにあったのは、見慣れた冴えない男子大学生の顔ではなかった。
透き通るような白肌。
黒髪の中に鮮やかな青のメッシュが混ざった、艶やかな髪。
すっと通った鼻筋に、パッチリとした大きな瞳。
どこからどう見ても、息をのむような超絶美少女が、寝ぼけ眼で鏡の向こうからこちらを見つめていた。
「………………はい?」
鏡の中の美少女が、俺と同じタイミングで首をかしげ、同じ声を出す。
俺は恐る恐る、自分の胸に手を当てた。
たしかにある、柔らかいふくらみ。
次に、腰のあたりに手を伸ばす。
「……ない」
あるべきものが、影も形もない。
「う、嘘だろ!? 俺、女になってるーーーっ!?」
朝の温泉宿に、俺(?)の悲鳴が響き渡った。

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「だからねぇ、坊ちゃん……じゃなかった、お嬢ちゃん」
朝食の席で、女将さんはお茶をすすりながら、まったく動じた様子もなく言った。
「うちの湯は『あまのじゃくの湯』だって言ったろう? 『みんなから愛される存在になりたい』なんて願うから、温泉が気を利かせて『この宿を大繁盛させるための看板娘』にしてくれたんだよ」
「いやいやおかしいでしょ! 筋が通ってないですよ! 『愛されたい』がなんで『女体化して看板娘』になるんですか!?」
「あまのじゃくの湯だからねぇ。ひねくれてるのさ」
女将さんはにっこりと笑い、一枚の割烹着を俺の前に差し出した。
「元の姿に戻りたいなら、看板娘としてしっかり働いて、客をいっぱい呼ぶことだねぇ。
満足したお客さんの『感謝』が湯に満ちれば、あまのじゃくの湯も機嫌を直して、元の姿に戻してくれるはずだよ」
「そんなぁ……」
俺は絶望に打ちひしがれながら、手渡された割烹着を見つめた。
男子大学生から、突然の美少女看板娘への転身。
俺の人生、一体どうなっちゃうんだ……!?

——数時間後。
「はぁ……まぁ、考えても始まらないか」
客が来るまでの束の間、俺は着替えを済ませ、露天風呂の掃除ついでに少しだけ湯に浸かっていた。
タオルを胸元に巻き、岩肌に身を預ける。
ふわりと舞う湯気の中に、自分の黒髪と青いメッシュが漂う。
水面に映る自分の顔は、やっぱりどう見ても美少女だ。
「……温泉の質だけは、本当に最高なんだよなぁ」
湯の温もりに包まれながら、俺は小さくため息をついた。
男としての誇りと、新しく手に入れた(望んでいない)美貌。
複雑な感情を抱えながらも、あまりの気持ちよさに、つい口元がゆるんでしまう。
「よし!元の姿に戻るためだ。今日から看板娘、やってやるか!」
こうして、俺——改め、温泉宿の新人看板娘「ちひろ」の、ハチャメチャな日常が幕を開けたのだった。

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「腹を括ったはいいものの……やっぱりこの格好、落ち着かないなぁ」
脱衣所で割烹着に着替えた俺——改め「ちひろ」は、鏡の前で自分の姿をまじまじと見つめていた。
紺色の割烹着に、白いエプロン。
黒髪のサイドに入った青いメッシュが、自分でも悔しいくらいによく映えている。
立ち振る舞いは男子大学生のままだというのに、鏡の中にいるのはどう見ても「守ってあげたくなるタイプの素朴系美少女」だった。
「よしっ、気合入れていくぞ!」
両頬をポンと叩いて、ロビーへと向かう。
最初の仕事は、宿の顔であるフロントでの受付と、玄関周りの掃除だ。
ほうきを手にしてカサコソと落ち葉を掃いていると、砂利を踏みしめる足音が近づいてきた。
「すみません、日帰り入浴ってやってますか?」
声をかけてきたのは、背が高く体格の良い、スーツ姿の青年だった。
営業回りか何かだろうか。仕事に疲れたような、重い表情をしている。
(うおっ、一目見てわかるイケメンだ! って、待てよ。今の俺は女なんだから、あんまりジロジロ見るのも変か?)
「あ、はい! いらっしゃいませ! 日帰り入浴ですね、大丈夫ですよ!」
自分でも驚くほど、通りが良い可憐な声が出た。
すると、その男性客はパッと顔を上げ、俺の顔を見るなり「ッ!?」と息を呑んで固まった。そのまま、耳まで真っ赤にして視線を泳がせている。
(えっ、なに? 俺、なんか変な顔してる? もしかして鼻毛とか出てる!?)
元・男の俺には、彼がなぜ動揺しているのかさっぱり分からない。
単に「超絶美少女(=現在の俺)に笑顔で出迎えられた」ことで、男心がノックアウトされただけなのだが、当の本人は至って無自覚だった。
「あ、あの……入浴料は大人お一人様、八百円になります……」
「は、はい! 八百円! これで! おつりは取っておいてください!」
「えっ、いや、そんなわけには——」
「いいんです! 景気付けです! 温泉、いただきます!」
一万円札を券売機の上にドンと置き、顔を真っ赤にしたお兄さんは、逃げるように男湯ののれんをくぐっていった。
「な、なんだったんだあの人……。でもまあ、売上アップだな!」
お釣りをしっかり財布に入れて戻そうと準備していると、奥から女将さんがひょっこりと顔を出した。
「ほらねぇ、ちひろちゃん。男って生き物はね、可愛い子に笑顔で出迎えられるだけで、悩みも吹き飛んじゃう単純な生き物なんだよ」
「女将さん、元男の俺の前でそれ言います? ぐうの音も出ないけど」

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それから数時間。
最初はたった一人だった客が、なぜか途切れなくなった。
「あそこの温泉に、めちゃくちゃ可愛い看板娘がいる」
どうやら、最初に来たあのお兄さんがSNSに投稿したらしい。
その口コミがあっという間に広まり、近所の農家のおじいちゃんから、噂を聞きつけたツーリング途中のライダーたちまで、次々と「あまのじゃくの湯」に押し寄せてきたのだ。
「ちひろちゃん、お茶おかわり!」
「はいはーい! ただいま行きます!」
「ちひろちゃん、この山菜美味しいねぇ」
「よかったです! 女将さんの特製なんですよ!」

愛想よく振る舞うたびに、おじちゃんたちの目じりが下がり、懐からぽろぽろとお捻りやチップが出てくる。
男の扱いなら、同性だった(?)俺が一番よく分かっている。
「こう言われたら嬉しい」「こういう距離感が心地いい」というポイントを無意識に突いてしまうため、ちひろの接客は常連客の心を掴んで離さなかった。
(あれ? 俺、もしかして看板娘の才能ある……?)
夕方になり、本日最後のお客さんが帰り、嵐のような忙しさが去った。
「ふはぁ〜れたぁぁぁ……!」
誰もいなくなったロビーの畳に、俺はダイブした。
割烹着の裾が大きくめくれ上がり、白い太ももが露わになるが、そんなことを気にする余裕すらない。
「ちひろちゃん、お疲れ様。今日の湯は、いつもよりずっと温かいよ」
女将さんに促され、俺は本日二回目の露天風呂へと向かった。
お湯に肩まで浸かると、昼間の疲れが嘘のように湯の中に溶けていく。
ふと湯面を見ると、かすかに淡いピンク色の光が、蛍のようにゆらゆらと漂っていた。
「これって……」
「お客さんたちの『感謝』と『癒やし』の気持ちさ。湯が少しずつ、力を取り戻している証拠だよ」
脱衣所の外から女将さんの声が聞こえる。
「この調子なら、元の姿に戻るのもそう遠くないかもしれないねぇ」
「本当ですか! よかったぁ……」
俺は自分の手を見つめた。華奢で小さな、女の子の手。
元のゴツゴツした男の手と冴えない日常に戻れる目途が立ったというのに、なぜか胸の奥が少しだけ、キュッと寂しくなるような不思議な感覚があった。
「ま、とりあえず……今は温泉を満喫しようっと」
湯気を楽しむように息を吐き出し、俺は岩肌に身を委ねた。
しかし、俺はこの時まだ知らなかったのだ。
明日、この「あまのじゃくの湯」に、俺の大学のゼミの同級生(しかも、俺が密かに片思いしていた女子)が、旅行で泊まりに来るという絶望的な事実を——。

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「いらっしゃいませー……って、うそだろ……」
夕暮れ時、玄関の引き戸が開いた瞬間に俺の思考は完全に停止した。
ガラガラとキャリーケースを引いて入ってきたのは、ゼミの同級生である白石結衣だった。
大学では清楚なマドンナ的存在で、俺が陰ながら密かに片思いしていた女の子だ。そしてその隣には、ゼミの女子グループの面々。
(なんでここに!? いや、そういえばゼミ合宿の代わりに女子旅に行くって先週言ってたような)
俺はパニックになりかけ、咄嗟に割烹着の袖で顔を隠そうとした。
しかし、向こうは俺を「佐藤タカシ」だとは微塵も思っていない。
だって今の俺は、黒髪に青メッシュの可憐な温泉美少女「ちひろ」なのだから。
「すみません、今日予約していた白石です」
結衣ちゃんがフロントに歩み寄ってくる。
間近で見る彼女の顔に、心臓が跳ね上がった。
「あ、はい! 白石様ですね、お待ちしておりました……!」
裏返りそうになる声をなんとか必死に抑え、可愛い「ちひろ」の声を絞り出す。
「わあ……! すごく素敵なところ。……それに、お姉さんすっごく可愛い!」
結衣ちゃんは俺の顔をまじまじと見つめると、ぱあっと表情を輝かせた。
「えっ! あ、ありがとうございます……?」
「髪の青いメッシュもすごく似合ってる! ねぇねぇ、ここってお風呂もすごく良いってSNSで見かけたんだけど、お姉さんのおすすめの入り方とかある?」
予想外の積極性に、俺の脳内は大パニックだ。
大学での結衣ちゃんは、男子に対しては少し距離を置くタイプで、俺とも挨拶や最低限のゼミ連絡くらいしか交わしたことがなかった。
それが今、身を乗り出すようにして俺(女子姿)に話しかけてきている。
(女子同士だと、こんなに距離感が近いのか!?)
「え、えーっと……! 夕暮れ時の露天風呂は、山に沈む夕日が綺麗で見ごたえがありますよ。お湯も肌がスベスベになりますし……」
「そうなんだ! 教えてくれてありがとう、ちひろさん。……なんか、ちひろさんって初めて会った気がしないな。なんだか話しやすくて、安心する」
結衣ちゃんはクスクスと嬉しそうに笑う。
その笑顔の破壊力に、元・男の俺の心臓は持ちそうにない。

「あ、そうだ。ちひろさん、もしよかったら後でお部屋に少しお話ししに行ってもいい? 地元の美味しいお店とか教えてほしいなと思って」
「えっ、お、お部屋に!? 部屋に行くのはちょっと——」
「ダメ……かな?」
上目遣いで覗き込まれ、俺の理性が吹き飛びかけた。
「うっ……! い、いいですよ……! 後でお茶とお菓子を持っていきますね……!」
「やったー! ありがとう!」
嬉しそうに部屋へと向かっていく結衣ちゃんたちの背中を見送りながら、俺はその場に崩れ落ちた。
「危なすぎるだろ……! 男だってバレたら一発アウトだし、そもそも好きな女子と『女子トーク』なんてできるわけがない……!」
しかし、運命の悪戯はそれだけでは終わらなかった。
その夜、お茶を持って部屋を訪れた俺は、部屋着の浴衣姿でリラックスした結衣ちゃんに「ねえ、ちひろさんも座って!」と強引に畳の上に座らされ、女子会の渦中に巻き込まれることになる。
「実はね、ちひろさん。大学にちょっと気になってる男の子がいるんだけど……」
恋バナの口火を切った結衣ちゃんの口から出たその「気になっている男の子」の特徴は——どこからどう聞いても、俺(佐藤タカシ)のことだった。
「……え?」
温泉の熱気とは違う熱さが、俺の顔を一気に駆け上がっていった。
結衣ちゃんから明かされる「タカシに対する本音」と、男(自分)の立場を守ろうと必死にフォローを入れるちひろの駆け引きなど、さらに続きの展開を書いていきましょうか?

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「え……気になってる男の子、ですか……?」
急展開すぎる恋バナの振りに、俺は正座した膝を思わずガクガクと震わせた。
結衣ちゃんは浴衣の袖を少し引っ張りながら、少し照れたように頬を赤らめている。
周りのゼミ女子たちも「えっ、結衣ついに告白!?」「誰誰!?」と大盛り上がりだ。
「うん。同じゼミの男の子なんだけどね……佐藤タカシくんっていうの」
(俺の名前キタァァァーーーー!!)
叫び出しそうな口を必死に手で押さえ、俺はなんとか「ちひろ」の顔を取り繕った。
「へ、へぇ〜! タカシさんですか! どんな人なんですか……?」
「うーん、見た目はパッとしないし、ちょっとドジだし、要領も良くないんだけど……」
いきなりのストレートパンチに、俺の心はズキリと痛む。
「あ、でもね!」
結衣ちゃんは慌てて手を振った。
「すごく優しいの。ゼミの資料作りで私が失敗した時も、黙って自分の分みたいに手伝ってくれたり、誰も気づかないような雑用をいつも一人でやってくれてたりして……。周囲をよく見てて、すごく温かい人なんだなって」
(結衣ちゃん……! 俺のそんなところまで見ててくれたのか……!)
胸が熱くなり、危うく目頭を押さえそうになる。
しかし、ここで調子に乗るわけにはいかない。
「……でも、タカシくんって自分の評価が低すぎて、いつも遠慮しがちでさ。もっと自信持てばいいのにって、歯がゆくなる時があるんだよね」
「そ、それは……彼にも彼なりの事情というか! ほら、自信がないだけで、本当は結衣さんのことすごく素敵だなって思ってるかもしれないですよ!?」
思わず必死な早口になり、セルフフォローを畳みかける俺。
「あれ? ちひろさん、なんだかタカシくんのこと知ってるみたいに熱弁するね?」
「っ!? い、いや! 一般論です! 男性の心理としてですね!」
冷や汗が背中を吹き出す。慌ててお茶を濁そうと湯呑みを手に取ったその時、ゼミの友人の一人が意地悪そうにニヤリと笑った。
「でも結衣、タカシって最近就職活動もうまくいってないみたいだし、頼りなくない? もっとシュッとした人の方が良くない?」
(ぐぬぬ! 痛いところを突いてくる!)

俺の男子としての尊厳が傷つく瞬間だった。
ここで黙っていたら「頼りないダメ男」のレッテルを貼られて終わってしまう。
俺はちひろとしての可愛さを全開にしつつ、全力で「タカシ擁護」に回った。
「そんなことないと思いますよっ!」
身を乗り出して言い切る俺に、女子たちが一瞬ポカンとする。
「た、確かに今はうまくいってないかもしれないですけど! そういう時に影で努力できる人こそ、将来伸びるタイプです! 失敗を知ってる男の人の方が、人に優しくなれますし……! 頼りないんじゃなくて、慎重なだけです! 絶対にいい旦那さんになりますよ、タカシさんは!!」
熱弁を振るい終えると、部屋の中にしーんと静まり返った時間が流れた。
やってしまった。完全に自我が出すぎた。

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「……ちひろさんって、すごく人の良いところを見つけるのが上手なんだね」
結衣ちゃんが、心から愛おしそうな目で俺を見つめていた。
「なんだか、ちひろさんに『大丈夫』って言ってもらえたら、すごく勇気が出てきたな。私、この旅行から帰ったら、タカシくんにちゃんと気持ちを伝えてみようかな」
「え……?」
「温泉に来てよかった。ちひろさんのおかげだよ、ありがとう」
ふわりと咲くような結衣ちゃんの笑顔。
本来なら飛び上がって喜ぶべきシチュエーションだ。好きな女の子が、自分に告白しようと決意してくれたのだから。
……だが、今の俺はここにいる。
そして、旅行から帰ってもタカシは大学に存在しない(現在、絶賛・温泉宿で看板娘中)のだ。
(どうしよう……! このままじゃ、結衣ちゃんが大学に戻っても俺はいなくて、すれ違いの悲劇が生まれてしまう! 一刻も早く元の姿に戻らなきゃ!!)
「あの、結衣さん……! ちなみに、タカシさんがもし……もしですよ? 突然姿を消して、しばらく連絡が取れなくなったりしたら……どうします?」
「えっ? うーん……探すかな。だって、大切な人だもん」
まっすぐな瞳でそう答えられ、俺の胸はキュン死にしそうなほどのときめきと、焦燥感で破裂しそうだった。



部屋を後にし、夜の廊下をパタパタと走り抜ける。
向かうは、あまのじゃくの露天風呂だ。
「女将さーん! 俺、本気で看板娘がんばります!! 明日から客を百人呼びます! 今すぐ元の姿に戻してくださいーーー!!」
月明かりの下、割烹着の裾をたくしあげながら、俺は必死の覚悟で夜の温泉へと飛び込むのだった。

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翌日の昼下がり。
結衣ちゃんたちのチェックアウト(連泊のため荷物は部屋に置いたまま)を見送り、怒涛の館内掃除と昼食対応を終えた俺は、フロントのソファーでぐったりと倒れ込んでいた。
「ちひろちゃん、ご苦労様。今日のお客さんもみんな笑顔で帰っていったよ」
女将さんが温かいほうじ茶を置いてくれる。
湯面を確かめると、ピンク色の光の粒が昨日よりもさらに増え、キラキラと眩しく輝いていた。
俺の奮闘(と必死のセルフ擁護)のおかげで、温泉の力は確実に戻ってきている。
「よく頑張ってくれたからねぇ、夕方の夕食準備までは自由時間にしてあげるよ。せっかくの温泉街なんだから、羽を伸ばしておいで」
「えっ、本当ですか!? やったぁぁ!」
テンションが上がった俺は、速攻で着替えに取りかかった。
あてがわれた私服(これまた女将さんが用意した、ちょっとレトロで可愛い花柄の浴衣)に身を包み、下駄をカラコロと鳴らしながら温泉街へと繰り出した。
湯けむりが立ち上る石畳の街並み。
香ばしい温泉煎餅の匂いや、温泉饅頭の蒸気が食欲をそそる。
「うお〜、男の時はこういう観光地に一人で来ても恥ずかしかったけど、今は堂々と食べ歩きできるぞ!」
そう思いながら、揚げ立ての温泉コロッケを頬張ろうとした——その時だった。
「あ、ちひろさん!」
聞き覚えのある可憐な声に振り向くと、そこには散策を楽しんでいた結衣ちゃんの姿があった。ゼミの友人たちは別行動らしく、今は一人だけのようだ。
浴衣姿の結衣ちゃんは、普段の大学での私服姿以上に清楚で、思わず息を呑むほど可愛らしかった。
「結衣さん! お一人ですか?」
「うん、みんなと別れてお土産屋さんを見てたの。……わあ、ちひろさんのその浴衣、すごく可愛い! 似合ってる!」
目を輝かせて近づいてくる結衣ちゃん。
距離が……近い! ほのかに漂う、シャンプーと温泉の甘い香りに、元・男の俺の理性が急ブレーキをかける。
「あ、ありがとうございます! 結衣さんの浴衣姿も、すっぐく素敵ですよ(本心)」
「ふふ、ありがとう。ねえ、もしちひろさんが時間大丈夫なら、一緒に散策しない? 地元の人のオススメ、教えてほしいな」
断れるわけがない。むしろ好きな子と温泉街デートなんて、人生最大のチャンス(※ただし体は美少女)だ!
「はい! もちろんです!」
こうして、俺と結衣ちゃんの「女子ふたり(?)の温泉街散策」が始まった。
熱々の温泉饅頭を半分こして食べたり、レトロな温泉街の足湯に並んで浸かったり。
足湯で並んで座った時、湯の中で結衣ちゃんの足が少しだけ俺の足に触れ、俺の心臓は爆発寸前だった。
(あ、危ない! 落ち着け俺! 今の俺は『頼れるお姉さん』のちひろなんだから!)

「ねえ、ちひろさん」
足湯の湯気を眺めながら、結衣ちゃんがぽつりと呟いた。
「私ね、やっぱりタカシくんに連絡してみようと思うの」
「え……!?」
「昨日の夜、ちひろさんに話を聞いてもらって、すごく背中を押されたんだ。私、タカシくんが自分のことをどう思ってるのか怖くて、ずっと逃げてたんだけど……ちゃんと向き合いたいなって」

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結衣ちゃんはそう言うと、浴衣のポケットからスマートフォンを取り出した。
「今から、メッセージ送ってみるね」
(ま、待ってくれぇぇぇ!!)
俺の脳内で警報が鳴り響く。
メッセージを送られたところで、俺のスマホは宿の部屋に置いてあるし、何より返信できるわけがない。
その瞬間。
「きゃっ!?」
足湯から上がろうとした結衣ちゃんが、濡れた石畳で足を滑らせた。
「危ない……!」
反射的に手が動いていた。
大学時代の運動神経をフル稼働させ、俺は結衣ちゃんの腰を抱き寄せるようにしてガッチリと受け止めた。
からん、と下駄が鳴り、二人の体が密着する。
俺の胸の中に、すっぽりと収まる結衣ちゃん。
「ふ、ふぅ……危なかったですね。怪我はありませんか?」
思わず男の時の癖で、少し低めの、イケメンっぽいトーンで囁いてしまった。
結衣ちゃんは、俺の腕の中で目を丸くし、かーっと顔を真っ赤に染めている。
「あ……あ……」
「結衣さん……?」
「ち、ちひろさん……すごく、かっこいい……」
(はい???)
結衣ちゃんが、熱っぽい瞳で俺(ちひろ)を見つめている。
そこにあるのは、明らかに恋する乙女の目だった。
(待て待て待て! 結衣ちゃん!? ターゲットが変わってないか!? 俺(タカシ)を好きなんじゃなかったのか!? 男の俺には振り向かないのに、女(かっこいいお姉さん姿)の俺にトキメいてどうするんだーーーーっ!?)
温泉街の夕暮れの中、予期せぬ「百合展開(※中身は男)」の風が吹き荒れようとしていた。



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