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「頭が割れるぅ……助けてレン……」
ベッドの上で頭を抱え、死にかけたトドのように悶絶しているのは、僕の彼女であり現役女子大生グラビアアイドルの美羽(みう)だ。
「だから言ったろ、昨日のサークル飲みで調子に乗るなって。『テキーラ観覧車いっちゃいま〜す!』とか叫んでた時の威勢はどこ行ったんだよ」
「うう……だって断れなかったんだもん……うぷっ」
「吐くならトイレ行け! 僕の服の上にぶちまけるなよ!?」
ウコンの力と水を入れたグラスを枕元に置いてやると、美羽は青ざめた顔でゴクゴクと飲み干し、絶望的な表情でカレンダーのスマホ画面を見つめた。
「どうしようレン……今日、絶対に休めないバイトがあるの……」
「バイト? グラビアの撮影?」
「ううん、幕張で開催される大手ゲーム会社の新作発表会……イベントコンパニオンの仕事……日給めっちゃ良いし、キャンセルしたら事務所にも大迷惑がかかっちゃうのぉ……」
「いや、その顔じゃ無理だろ。目の下にクマできてるし、酒臭いし。素直に体調不良って事務所に連絡しな」
僕が呆れ顔で言うと、美羽はベッドからガタリと起き上がり、血走った目で僕の手をぎゅっと握りしめてきた。
「……いるじゃん。ここに、最高のピンチヒッターが」
「は? 誰が……って、おい、やめろ。その目はヤバい時の目だ」
「レン! あんた『変身能力』あるでしょ!? 私に変身して、代わりに幕張行ってきて!!」
「ばっ……! お前、正気か!?」
思わず大声が出た。
確かに僕には、他人の姿形、声、果ては体格まで完璧に模倣できる特殊能力がある。だがしかしだ。
「僕の能力をそんなことに使うな! そもそもイベントコンパニオンだぞ!? 女子の下着履いて、露出度の高い衣装着て、笑顔で愛想振りまくんだぞ!? 物理的にも精神的にもハードル高すぎるだろ!」
「お願いだからぁぁぁ! この通り! 帰ってきたら何でも奢る! 欲しがってたPS5のソフトも買ってあげる! なんでもするからぁぁぁ!」
「うぐっ……! いや、でも流石に……」
「私の一生のお願い! 事務所にバレたら私、干されちゃうかもなんだよ!? 彼氏なら彼女のピンチを救ってよぉぉ!」
涙目で必死にしがみついてくる美羽。
うっ、可愛い彼女にこんな顔で頼まれると弱い……。
「……はぁ。マジで一回だけだぞ? 後で絶対後悔するなよ……」
「ほんと!? やったぁぁ! レン、愛してるー!」
「抱きつくな、酒くさい! ほら、さっさと準備教えろ!」
腹をくくった僕は、美羽のクローゼットへと向かった。
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「はい、これ! 下着は引き出しの左側にあるやつ使って! 移動用の服は、そのハンガーにかかってる白のニットとフレアスカートでいいから!」
美羽がベッドから指示を出してくる。僕は恐る恐る下着の引き出しを開けた。
「うわ、なんか甘い匂いする。ていうか彼女の下着を自分で選んで穿く彼氏の図、正気じゃないな……」
「変な目で見ないでよ!? あと、これ私のスマホと財布! スマホのロックは『1126』ね。LINEで現場担当のマネージャーさんから『着いたら連絡して』って来てるから、着いたら連絡して!」
「おう……財布も借りるぞ。身分証も入ってるな?」
「うん! 現金も使っていいから! じゃあ……変身見せて!」
僕は深呼吸をした。
目を閉じ、目の前にいる美羽の姿――身長、髪の長さ、顔のパーツ、身体のラインを脳裏に鮮明にイメージする。
身体の中心がカッと熱くなり、骨格が軋む音が響く。
視界がスーッと低くなり、肩幅が狭まり、胸元にずっしりとした「重み」が生まれた。
「……ふぅ。こんな感じか?」
自分の口から出たのは、完全に美羽の声だった。
「うわぁぁぁぁっ!? スゴい! マジで私だ!! 自分のドッペルゲンガー見てるみたいで超キモい!」
「キモいって言うな! 誰のせいでこうなってると思ってんだ!」
「あはは、声も仕草も完璧! さあレン、着替えタイムだよ!」
「……うう、分かってるよ……」
僕は美羽に背を向け、脱ぎ捨てた自分の服を横目に、借りた下着を手にとった。薄いピンクのレース生地。手触りが柔らかすぎて心臓に悪い。
「なぁ、美羽。ブラジャーのホックって、どうやって留めるんだ?」
「え? ああ、背中で留めるのが難しいなら、前でホックを留めてからくるっと後ろに回すの! そのあと肩ひもに腕を通してね!」
「前で留めて、クルッと……こうか? うわっ、アンダーバスト締め付けられる! 女の人って毎日こんなの着けてんの!?」
「慣れれば平気だって! あ、胸のお肉を脇から中央にギュッと寄せるの忘れないでね! 谷間作らないと不自然だから!」
「脇から寄せる……こうか!? くっ……なんか変な感じする……!」
ブラを装着し、次に小さなショーツを穿く。生地が薄くてスースーする感覚に冷や汗が止まらない。
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続いて、白のニットを着てフレアスカートを穿く。
鏡の前に立つと、そこにはどこからどう見ても――『現役グラビアアイドル・星空美羽』が立っていた。
「……完璧だ。どこから見ても美羽だわ……」
「すごーい! めっちゃ可愛い! 私ってやっぱり可愛かったんだね!」
「自画自賛してる場合か! ほら、髪型とかメイクはこれで大丈夫か?」
美羽は僕の顔をじろじろと検品するように見つめ、満足そうに頷いた。
「うん、肌ツヤは本物の私より良いかも(笑)。リップだけ塗り直して! あとは紙袋に入ってるのが本番のイベント衣装だから、現場の控室で着替えてね」
「わかった……。じゃあ、行ってくる」
美羽のスマホと財布をバッグに詰め込み、靴箱から美羽のパンプスを取り出して足を入れる。少し踵が高いヒールにふらつきながらも、玄関のドアノブに手をかけた。
「レン! 本当にありがとう! 応援してるからね〜!」
「……体調戻ったら、絶対高い肉奢れよな!」
僕は美羽の可憐な声で捨て台詞を吐くと、カツカツとヒールを響かせながら、悪夢のような(?)バイト現場へと足を踏み出したのだった。
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満員の京葉線に揺られ、慣れない高めのヒールで足首を激しくガクガクさせながら、僕はどうにか幕張メッセへとたどり着いた。
「うぅ……女子って毎日こんな拷問みたいな靴履いて移動してんのかよ……」
美羽のバッグから震えるスマホを取り出すと、画面には『マネージャー加藤さん』からの着信履歴とLINEがズラリと並んでいた。
『美羽ちゃん、もう幕張着いた? 控室はホールの裏側の『女性出演者控え室B』ね!』
『衣装は机の上に置いてあるから、着替えて10分前にステージ裏集合で!』
「やばい、時間ギリギリだ……!」
僕は美羽の可憐な声を小さく漏らしながら、イベントホールの巨大な扉をくぐり、指示された『女性出演者控え室B』のドアの前に立った。
『男子立入禁止』の大きな張り紙。息を呑み、意を決してドアノブを回す。
「失礼しまーす……」
「あ、美羽ちゃ〜ん! おはよう! 遅かったじゃん!」
「おはよう美羽ちゃん! 今日も相変わらず肌きれい〜!」
ドアを開けた瞬間、甘い香水の匂いと化粧品の香りが鼻腔をくすぐり、目の前に広がった光景に僕は思考を完全にフリーズさせた。
「……っ!??!?」
そこは、まさに天国か狂気の世界だった。
部屋の中には、雑誌の表紙やSNSでよく見かける有名グラビアアイドルや美女コンパニオンたちが十数人。
そして――同性しかいない空間だからか、彼女たちは隠す素振りすら一切見せず、ブラジャーとショーツ一枚の姿で堂々と雑談しながら着替えを行っていたのだ。
あっちでは豊満な胸が揺れ、こっちでは真白い太ももが惜しげもなく晒されている。
(生のおっぱい! 生のランジェリー! 目のやり場がなさすぎるだろ!! 見ちゃダメだ、いや見たら男として……いや今の僕は女だけど! 落ち着けレン、落ち着け!!)
視線を天井の蛍光灯に固定し、ロボットのように硬直する僕を見て、隣でビスチェのホックを留めていた先輩グラビアアイドルのリサさんが不思議そうに覗き込んできた。
「美羽ちゃん? どうしたの、顔真っ赤にして天井見上げて。今日なんか挙動不審じゃない?」
「ふぇっ!? あ、あははは! な、なんでもないですリサさん! ちょっと昨日の……あ、あの、サークル飲みで二日酔いがひどくて! 頭がクラクラしてて!」
裏返りそうな声をどうにか美羽のソプラノボイスへと修正し、必死に誤魔化す。
「あはは、美羽ちゃんってお酒弱いのに飲むから〜。ほら、今日の衣装これだよ。今回の新作『カフェ・ド・シュクレ』の看板ヒロイン、アリスちゃんの制服!」
パイプ椅子の上に置かれたハンガーつきの衣装袋を指さされ、僕は「ありがとうございます!」とペコペコ頭を下げながら衣装を手に取った。
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今回のイベントは、超大手ゲームメーカーが贈る新作美少女ゲームの発表会。
舞台はレトロでおしゃれな喫茶店……と聞いていたのだが。
「……え? これ、喫茶店の制服……ですか?」
衣装袋から取り出したそれを広げた瞬間、僕は眩暈を覚えた。
全体の色合いは、爽やかで淡いエメラルドグリーン。
胸元にはフリルがあしらわれているのだが――
信じられないことに、肩部分がすっぽりと露出する完璧な『オフショルダー』構造。
しかも、胸元のカットが扇情的に大きく開いており、谷間をこれでもかと強調するデザインになっている。
さらに最悪なのがスカートだ。
フリル付きの小さな白いエプロンが重なっているものの、スカート丈は太ももの半ばどころか、お尻の下数センチしか隠れない超絶ミニスカート。
「これ……露出度高すぎません!? 喫茶店の制服っていうか、ほぼコスプレ水着じゃ……!」
「何言ってるの美羽ちゃん。美少女ゲームの衣装なんだから当たり前でしょ? ほら、早く着替えないとステージ始まっちゃうよ!」
そう言うとリサさんは、僕の目の前でキャミソールをサッと脱ぎ捨て、豊かな胸を惜しげもなく露わにしながら衣装のジッパーを上げ始めた。
「うぐっ……!」
目の毒すぎる。
僕は慌てて背を向け、壁の隅っこに移動すると、汗だくになりながら着替えを開始した。
まずは移動用の私服のニットを脱ぐ。美羽の下着姿になった瞬間、背後を通るコンパニオンたちの視線を感じて背筋が凍りついた。
(ヤバい、変身能力で見た目は完璧に美羽だけど、仕草で男だってバレたら一発で警察沙汰だ!)
「美羽ちゃん、ブラのホックずれてない? 直してあげようか?」
「だっ、大丈夫です! 自分できますから! 触らないでぇぇ!」
「えー、なんでそんなに焦ってんの(笑)」
親切心で近づいてくるグラビアアイドルを必死で制し、引きつった笑みを浮かべながら淡いグリーンのオフショル衣装へ袖を通す。
「くっ……肩周りスースーする……胸元、開きすぎだろこれ……!」
背中のファスナーを何とか引き上げ、超ミニスカートに足を通す。
鏡の前に立つと、そこには恥ずかしそうに頬を赤らめ、肩と胸元を大胆に露出させた『可憐な喫茶店風グラビアアイドル・星空美羽』が完成していた。
「うわぁ……美羽ちゃん、めっちゃ似合ってる! 淡いグリーンが肌の白さに映えてて超可愛い〜!」
「谷間もバッチリじゃん! さすが現役アイドル、魅せ方分かってる〜!」
周りの女子たちがワッと集まってきて、僕の肩や背中をポンポンと叩く。
そのたびに柔らかい体の接触があり、僕の心臓は破裂寸前だ。
「あ、あはは……ありがとうございます。あの、スカート丈、短すぎませんか? 屈んだら完全にパンチラどころじゃない気が……」
僕がスカートの裾を必死に引っ張って下ろそうとすると、リサさんが呆れたように笑った。
「何言ってるの、それが仕事でしょ? イベント会場にはカメラ小僧がいっぱいいるんだから、しっかり可愛くポーズ決めてあげなきゃ駄目だよ!」
「か、カメラ小僧……」
想像しただけで眩暈がしてきた。僕(男)のこの姿が、何百人もの男たちのカメラレンズに晒されるのだ。
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『出演者の皆様、間もなくステージ裏へ移動してください!』
控室のスピーカーからスタッフの呼び出し声が響く。
「はーい! 行こ、美羽ちゃん!」
「あ……はいっ!」
僕は深呼吸をし、胸元が開いたオフショルの衣装を直すと、高く澄んだ美羽の声で「よしっ」と気合を入れた。
二日酔いの彼女の身代わりとして、僕の人生で最もハードで、最も恥ずかしいイベントコンパニオンとしてのステージが、今まさに幕を開けようとしていた。
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『それでは登場していただきましょう! 本作のヒロイン・アリスちゃんの公式コスプレイヤー、星空美羽さんです!』
司会者の華やかなアナウンスとともに、ステージの幕が上がった。
まぶしいスポットライトが一斉に僕を照らし出し、視界一面に広がったのは――数千人の観客と、ズラリと並んだ巨大な望遠レンズの群れだった。
(ひ、ひえぇぇぇぇっ! なんだこのカメラの数は!? 完全に男たちの狩猟の目だ!!)
「美羽ちゃーん! こっち向いてー!」
「美羽ちゃん可愛すぎるー! アリスちゃんそのものだー!」
「目線くださーい! 右側お願いしまーす!」
フラッシュの嵐が凄まじい勢いで焚かれ、視界が真っ白に染まる。
高めのヒールを履いた足がガクガクと震え、オフショルの衣装から露出した肩に鳥肌が立った。逃げ出したい。
今すぐこの場から全力でダッシュして逃げ出したい。
(だ、ダメだ! 逃げたら美羽のタレント生命が終わる! 美羽の代わりにここに来たんだ。絶対に、完璧にやり切ってやる!)
僕は奥歯をグッと噛み締め、両頬に力を込めた。
引きつりそうになる口角を無理やり引き上げ、顔面にバチッと「貼りつくような満面の笑み」を固定する。
(落ち着け! 相手は男だ。男がどんな仕草に萌えて、どんなポーズにノックアウトされるか……同じ男が一番分かってるはずだろ!?)
脳内の「男心データベース」を高速で検索する。
ただ笑顔で立つだけじゃダメだ。
男が本当に求めているのは、「チラリズム」と「不意に見せる可憐なスキ」だ!
僕はまず、わずかに顎を引き、上目遣いでカメラのレンズをじっと見つめた。
そして、左手を口元にそっと添え、首をトントンと15度だけ傾ける。
いわゆる「萌えポーズ」の王道だ。
さらに、あえて少し恥ずかしそうに目を泳がせ、淡いグリーンのミニスカートの裾を「ほんの数ミリ」だけ直すような素振りを見せた。
――次の瞬間。
バシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャッ!!!!
会場のシャッター音が、まるでマシンガンを連射したかのような爆音へと変化した。
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「ぐはっ! 今の照れ顔、神かよ!?」
「見たか今の!? スカート直す時のあの破壊力!!」
「ヤバい、アリスちゃんが現実世界に降臨した! 美羽ちゃん最高ぉぉぉ!!」
(よしっ……効いてる! 完全に効いてるぞ!!)
手応えを感じた僕は、さらにギアを上げた。
男が好きな「無防備なオフショルのライン」を強調するため、両手を後ろで組み、胸元を少し張ってみせる。
そして、カメラ目線を一箇所に固定せず、端から端へとゆっくりと視線を配り、目が合った(と思わせた)ファン一人ひとりに「あなただけを見つめています」と言わんばかりの小悪魔的な微笑みを投げかけた。
心の中では『うわぁぁぁ、キモい! 自分でやってて超キモい! 男の僕が男に媚び売ってるぅぅぅ!』と絶叫していたが、顔面には完璧なアイドルスマイルが完璧に貼りついたままだ。
「美羽ちゃん! こっちに『ハート』作ってー!」
客席からの声に、僕は指で小さなハートマークを作り、ふっと息を吹きかけるようなパフォーマンスを添えた。
「うおおおおおっ!!」
「かわいすぎるぅぅぅぅ!!」
「さぁいこぅだぁ!!」
ステージ前方のオタクたちが、まるで地鳴りのような歓声をあげる。
僕の周囲だけ、撮影の列が通常の三倍以上に膨れ上がっていた。
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「――はい! 本日のスペシャルステージ、これにて終了となります! ありがとうございましたー!」
司会者の声とともにステージの照明が落ちた瞬間、僕は引きつった顔面をほぐしながら、フラフラの足取りでステージ袖へと引っ込んだ。
「はぁ……はぁ……死ぬ。マジで死ぬ……顔の筋肉が壊れるかと……」
壁に手をついて荒い息を吐いていると、突如として背後から大きな拍手が巻き起こった。
「素晴らしい! 素晴らしいよ、星空さん!!」
駆け寄ってきたのは、高級そうなスーツを着た小太りの男性――今回のゲームタイトルを手掛ける大手ゲーム会社の総括プロデューサーと、うちの事務所のマネージャーの加藤さんだった。
「プロデューサー様……?」
「いやあ、感動したよ! 正直、今日のキャストの中で君が一番光っていた! まさに我が社が追い求めていた『アリス』そのものの可憐さと、ゲームファンを虜にする完璧な魅せ方だった! 役作りの研究が完璧すぎる!」
スポンサーであるプロデューサーが、僕の手を両手で強く握りしめ、最高級の称賛を贈ってくれた。
「来期の大型プロモーションも、ぜひ君にメインで頼みたいと思っている! 事務所の方にも私から強く押しておきますからね!」
「え、ええっ!? ほんとうですか!? あ、ありがとうございます……!」
僕が美羽の高音ボイスで頭を下げると、マネージャーの加藤さんも目を丸くして感極まっていた。
「美羽ちゃん! あんた今日、どうしちゃったの!? いつもは『ポーズどうすればいいですかー?』とか言ってるのに、今日の立ち振る舞い、完璧なプロのグラビアアイドルじゃない! 事務所の社長にもすぐ報告するわね!」
「あ、あはは……二日酔いが吹っ飛ぶくらい、気合が入ってたみたいで……」
必死で冷や汗を誤魔化していると、着替えのために控室へ戻る途中で、共演していた先輩グラビアアイドルたちに囲まれた。
「ちょっと美羽ちゃん! 今日のステージ凄すぎない!?」
「カメラマンたちのシャッター音、美羽ちゃんの時だけ異常だったよ!」
「あの首の傾げ方と上目遣い、どこで練習したの!? 同性の私でもキュンとしちゃったんだけど!」
リサさんをはじめとする百戦錬磨のグラビアアイドルたちが、尊敬と羨望の入り混じった目で僕を取り囲む。
「い、いやぁ……ただ夢中で、男の人ってこういうのが好きなのかなって想像しながらポーズ取ってただけで……」
「それが一番難しいのよー! 完全に男心を理解しきってるじゃない! 今度コツ教えてよー!」
「あはは……機会があれば、ぜひ……」
周りからの大絶賛に愛想笑いを返しつつ、僕は心の中で深く、深く安堵のため息をついた。
(よかった……なんとか美羽の代わりに大役を果たせたみたいだ。スポンサーからの評価も爆上がりしたし、これで美羽の立場も守れたはず)
だが、僕の身体はすでに限界を迎えていた。
慣れない高ヒールによる足の激痛、胸元を締め付けるブラジャーの苦しさ、そして何より「男としての尊厳」と引き換えにした精神的な大疲労。
(……早く美羽の部屋に帰りたい。服脱ぎたい。ボロボロになった僕を、美羽に思いっきり甘えさせて揉みくちゃにしてもらわないと……やってられないぞマジで!)
僕はパンパンに腫れた足を庇いながら、一刻も早く私服に着替えるため、女子控室へとカツカツとヒールを響かせて歩き出したのだった。
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「ふぅ……なんとか生き残った……」
控室のドアを閉めた瞬間、僕は深く重い溜め息を吐き出した。
全身の体力が根こそぎ持っていかれた気分だ。
足の裏は痛いし、顔の筋肉は固まっているし、何より精神的な疲労が限界突破している。
(一刻も早くこの露出度の高い衣装を脱いで、美羽の私服に着替えて帰ろう。これ以上ここにいたら、僕の理性と男としての何かが崩壊する)
僕は壁際のパイプ椅子に腰掛け、両膝を抱えるようにして縮こまった。
背中に『話しかけないでください、ただの屍です』という巨大な「かまってくれるなオーラ」を全力で放射しながら、淡いグリーンの衣装の背中ジッパーに手をかける。
しかし――神様は僕に安らぎを与えてはくれなかった。
「あーっ! 美羽ちゃんみーっけ! お疲れさまー!」
「美羽ちゃん本当にお疲れ! さっきのステージ、マジで神かってくらい可愛かったんだけど!?」
「ひゃいっ!?」
気配を消していたはずなのに、控室にいた女性モデルやグラビアアイドルたちが、まるで甘い蜜に群がる蜂のように一斉に押し寄せてきた。
「ちょっとちょっと、あのラストの『指ハート+首傾げ』のコンボ! あれどこで覚えたの!? カメラマンたち、鼻血出す勢いでシャッター切ってたよ!」
「そうそう! 普段の美羽ちゃんって、どっちかというとボーイッシュでサバサバ系じゃない? 今日のあの小悪魔的な可愛さは何なの!? ギャップ萌えってレベルじゃないんだけど!」
「私なんて隣で圧倒されちゃってさ〜。完全に主役持っていかれたわ(笑)」
「あ、あはは……みなさん、お疲れ様です。い、いやぁ、今日はなんというか、ゾーンに入ってたというか……あはは……」
僕は引きつった笑顔で必死に誤魔化しながら、後ずさりしようとした。だが、取り囲む彼女たちの密度が高すぎて逃げ場がない。
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しかも、最悪なことに――彼女たちは今まさに、着替えの真っ最中だったのだ。
「あー暑かった! 一回汗拭かないと!」
目の前のモデルが、何気ない動作で衣装のビスチェをサッと脱ぎ捨てる。
視界に飛び込んできたのは、鮮やかなショッキングピンクのレースブラ。フリルがふんだんにあしらわれた甘いデザインだが、胸の谷間が零れ落ちそうだ。
「ほんと暑いよね〜。私なんて汗で下着がべたべた〜」
隣のグラビアアイドルは、大胆に背中のファスナーを下ろし、真っ白なコットンのシンプルなブラとショーツ姿になる。
清純派のイメージ通りだが、生地が薄くて体のラインが過激に浮き彫りになっている。
さらに斜め後ろでは、大人っぽい雰囲中のモデルが、サイドが細い紐になっている過激な黒のシースルーランジェリーを隠す素振りもなく晒しながら、汗をシートで拭いていた。
ピンク、白、黒、パステルカラー――。
フリルがついた可憐なものから、紐で結ぶタイプのきわどいデザイン、スポーティーでシンプルなものまで。
色とりどりのアンダーウェアを身に纏った美女たちが、至近距離で僕を取り囲み、無防備に肌を寄せ合っているのだ。
(目の毒! 目の毒すぎるだろぉぉぉぉっ!!)
心の中で血の涙を流しながら、僕は視線を上空45度の天井に固定した。
(ダメだ、下を見たら即死する! 黒の紐パンとか見ちゃダメだ! 白の清楚下着も目のやり場に困る! 僕は今、女子! 美羽なんだ! 同性だから平気な顔をしなきゃいけないんだ!)
「美羽ちゃん? なんでずっと天井見つめてるの? 首痛いの?」
「あ、ううん! なんでもないの! ちょっと天井の蛍光灯が綺麗だな〜って!」
「なにそれ(笑)。ねえねえ、着替え手伝ってあげようか? 背中のジッパー、届きにくそうでしょ?」
黒のシースルー下着を着たお姉さんが、親切心から僕の背後に回ろうとしてきた。
「だーっ! 大丈夫です! 自分でできます! 触らないでぇぇ!」
「えぇー? 減るもんじゃないし、いいじゃん〜。今日の美羽ちゃん、なんかウブで可愛い〜」
「きゃー、じゃあ私も揉んじゃお!」
「やめてぇぇぇぇ! 触らないでぇぇぇっ!!」
女性同士の悪ノリで、柔らかい手が僕の肩や腰に伸びてくる。
僕は悲鳴をあげながら間一髪で身をかわし、衣装のジッパーを力任せに引き下げて、猛スピードで美羽の私服(白ニットとフレアスカート)へと着替え始めた。
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「あはは、美羽ちゃん照れちゃって〜! 本当に今日のステージは最高だったよ!」
「うん! また次の現場でも一緒になったらポーズのコツ教えてね!」
「はいっ! ぜひ! それじゃあ私、体調がアレなのでお先に失礼しますっ!!」
僕は美羽のバッグと紙袋を引ったくるように抱えると、女性モデルたちの温かい拍手と黄色い歓声に見送られながら、逃げるように控室を飛び出した。
「はぁ……はぁ……生き残った……奇跡的に生き残ったぞ……!」
幕張メッセの冷たい外気が、火照った両頬を心地よく冷やしてくれる。
僕は可憐なアイドル姿のまま、安堵の溜め息をつき、美羽の待つアパートへと足早に帰路につくのだった。
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「ふぅ……これでようやく美羽の家に帰って、この地獄から解放される……」
幕張メッセの巨大な建物をあとにし、秋の冷たい風に吹かれながら、僕は解放感で胸をいっぱいにしていた。
足を一歩踏み出すたびにパンプスの中で足指が痛むが、家に着いてこの服と下着を脱ぎ捨てられると思えば、そんな痛みすら愛おしい。
……そう思っていた、まさにその瞬間だった。
ピロリロリロリーン! ピロリロリロリーン!
美羽のバッグの中で、高らかな電子音が鳴り響いた。
画面を見ると、ディスプレイに表示されているのは『マネージャー加藤さん』の文字。
(な、なんだ……? もうイベントは終わったぞ……?)
嫌な予感を押し殺しながら、僕は美羽のかわいらしい高音を意識して通話ボタンをスライドさせた。
「は、はいっ! 美羽です!」
『あ、美羽ちゃん! まだ会場近くにいる!?』
電話の向こうから、マネージャーの興奮冷めやらぬ声が飛び込んできた。
『朗報よ! さっきのプロデューサーさんが美羽ちゃんの立ち振る舞いに超感動しちゃってさ! 「今から緊急でメインキャストとスタッフだけで大打ち上げ会をやろう!」って言い出したのよ!』
「え……う、打ち上げ……ですか?」
『そう! 幕張の高級居酒屋の個室を押さえたから! クライアントの偉い人たちも勢揃いだし、今後の大きな仕事に繋がる絶好のチャンスよ! 美羽ちゃんも当然来るわよね!?』
「え、ええぇぇぇっ!? いや、でも私、二日酔いで体調が……」
『何言ってるの、さっきあんなにキレキレのパフォーマンス見せたじゃない! プロデューサーさんも「星空さんとお酒を酌み交わしたい」って楽しみにしてるんだから! 場所はLINEで送るから、20分後に集合ね!』
プチッ、ツーツーツー……
「あ、ちょっと加藤さん!? 待って、加藤さ――」
反論の隙すら与えられず、電話は容赦なく切られた。
「うそだろ……打ち上げ……!? 偉い人たちとお酒を飲む……!?」
背中にダラダラと冷や汗が吹き出してきた。
ただでさえイベント中のポーズだけで疲労困憊なのに、これ以上この「グラビアアイドル・星空美羽」の皮を被ったまま酒席に付き合えというのか。
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「あ! 美羽ちゃんだー! やっぱりまだ近くにいたー!」
絶望に打ちひしがれていると、後ろからパタパタと騒がしい足音が近づいてきた。
振り返ると、私服に着替えたリサさんたち共演者のモデル数人が、笑顔でこちらに手を振っていた。
「リサさん……みなさん……」
「美羽ちゃんも加藤さんから連絡行ったでしょ? 打ち上げ! 一緒に行こ!」
「プロデューサーさんのおごりだって〜! 最高だよね!」
「さっきのステージの反省会……っていう名目の飲み会だけどね(笑)。美羽ちゃん、今日絶対一番飲まされるよ〜!」
「あ、あはは……。あの、私、ちょっと確認したいことがあって……先に電話だけかけさせてください!」
「えー? うん、分かった! 先にお店向かってるから、後で合流ね!」
嵐のように去っていく彼女たちの背中に手を振りつつ、僕は物陰の自動販売機の裏へと滑り込んだ。
「ヤバい……! マジでヤバい……!」
僕は美羽のバッグから、出勤前に交換して本物の美羽に渡しておいた自分(レン)のスマホに連絡を入れた。
一刻も早く本物に救援を求めるべく。
プルルル……プルルル……。
『……んう……もしもしぃ……?』
三回ほどのラブコールで繋がった電話の向こうから聞こえてきたのは、地獄の底から響くような、ガラガラの死にかけボイスだった。
「美羽か!? 僕だ、レンだ! 体調はどうだ!?」
『あ……レンぇ……? かわいい声だねぇ……それよりも、うう……頭痛い……胃が破裂しそう……。ねえ……今何時……?』
「17時過ぎだ! そんなことより緊急事態なんだよ! さっきイベントが終わったんだけど、プロデューサーとマネージャーから『緊急打ち上げ』に召集されたんだよ!」
『えっ……う、打ち上げ……?』
「そうだよ! 同僚のコンパニオンたちにも囲まれて『絶対来てね』って言われてさ! 断ろうとしたんだけど加藤さんが一方的に電話切りやがって! これ、流石に『体調不良で帰ります』って断っていいよな!?」
電話の向こうで、美羽がベッドからゴソゴソと起き上がる気配がした。
数秒の沈黙の後、彼女は苦しそうな息を吐きながら言った。
『……レン……。それ……プロデューサーさん主催……なんだよね……?』
「そうだよ! 『星空さんとお酒が飲みたい』とか言ってたぞ!」
『……行ってきて。お願い……!』
「……は?」
耳を疑った。今、この女は何と言った?
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「ちょっと待て美羽! 聞き間違いか!? 『行ってきて』って言ったか今!?」
『だってぇぇ! クライアントのプロデューサーさんに気に入られるなんて、グラビアアイドルとして滅多にない大チャンスなんだよ!? ここで打ち上げ蹴ったら『愛想が悪い』って思われて、今後の仕事キャンセルされちゃうかもしれないじゃん!』
「知るか! 僕は男だぞ!? 男の僕が、お前の姿でおじさんプロデューサーやスケベな業界人と一緒にお酒飲むんだぞ!? お前、自分の彼氏がどうなってもいいのかよ!?」
『大丈夫だよ! レンは頭良いし、変身完璧なんだから上手くあしらえるって! ほら、酒席での上手な断り方とか知ってるでしょ!?』
「知るかそんなもん! ていうか、周りは全員お酒入った大人と、モデルの女子ばっかりだぞ!? 万が一お酒飲まされて変身が解けかけたらどうするんだよ! 嫌な予想しかできないんだが!?」
『解けそうになったらトイレに逃げ込んで! お願いレン! 私の将来がかかってるの! 私の一生のお願い第二弾!! 帰ってきたら……帰ってきたら、レンの好きな手料理なんでも作るから! 膝枕で耳かきもしてあげるからぁぁぁ!』
「物で釣るな! 手料理どころかお前今ゲロ吐きそうだろうが!」
『うぷっ……! だ、大丈夫、今波が引いた……! とにかく、お願いだから行ってきてぇぇぇ! 私の芸能生命を救ってぇぇぇ!』
ブチッ。
今度は身内(彼女)に容赦なく電話を切られた。
「……あいつ、マジで後で絶対に許さん……」
手に持った自分のスマホを握り締め、僕は深く深く、人生で一番長い溜め息を吐いた。
断る選択肢は消えた。
僕がここで逃げ出せば、明日からの「星空美羽」の評判はガタ落ちし、せっかく今日のステージで掴み取った評価も台無しになってしまう。
(なんで僕がこんな目に……。変身能力なんて持ってるからこんなことに……)
僕は美羽のバッグにスマホをしまい、淡いグリーンの衣装から着替えた『白のニットとフレアスカート』の裾をぎゅっと引っ張った。
鏡(自販機のガラス)に映るのは、困り顔で頬を染めた可憐な女子大生アイドル。
(酒は絶対飲まない。ソフトドリンクで押し通す。偉い人には適当に微笑んで愛想を振りまき、1時間で『体調が……』と言って離脱する……!)
完璧な敗北作戦を胸に刻み込み、僕はカツカツとヒールを鳴らしながら、嫌な予感しかしない宴の会場――幕張の居酒屋へと足を踏み出すのだった。
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案内されたのは、居酒屋というより高級料亭のような趣のVIPルームだった。
靴を脱いで上がると、掘りごたつの巨大なテーブルを取り囲むように、ふかふかの座布団が敷き詰められている。
室内にはほのかにアロマの香りが漂い、間接照明が怪しげに室内を照らしていた。
「ささ、星空さん! こっちこっち! 今日の主役は君なんだから、上座のプロデューサーの隣に座って!」
マネージャーの加藤さんに背中を押され、僕はクライアントの偉い人たちが陣取る奥の席へと誘導された。
「っ、失礼します……」
僕は白のフレアスカートの裾を上品に整えながら、そっと座布団の上に座った。
正面や隣に座るのは、高級そうなスーツを着た小太りのプロデューサーや、いかにも業界人といった風貌のスポンサー幹部の男たちだ。
(うわぁ、視線が露骨すぎる……)
男だからこそ分かる。彼らの目は、単に「タレントを労う」目じゃない。
露出度の高い服を着ているわけではないのに、白ニットの上からでも分かる胸のラインや、チラリと覗く首筋、膝の上に綺麗に揃えられた脚を、舐め回すようにスキャンしてきているのだ。
同じ男として気味が悪いし、恐怖で鳥肌が止まらない。
「やあ星空さん、今日のパフォーマンスは本当に凄かった! ささ、まずはカンパイといこうじゃないか!」
プロデューサーがニヤニヤとした笑みを浮かべ、なみなみとビールが注がれたグラスを僕の目の前に差し出してきた。
(出た! アルコールハラスメント!! 飲んだら変身が解けるかもしれないんだよ絶対飲めるか!!)
僕は引きつりそうになる顔面を必死で抑え込み、バチッと「貼りつくようなアイドルスマイル」を固定した。両手を胸の前で小さく振り、可憐な高音で必死に拒絶する。
「あ、あのっ! お気持ちはとっても嬉しいのですが! 実は私、お酒がすっごく弱くて…… 今日は朝から体調も少し優れないので、ソフトドリンクでご容赦いただけないでしょうか……? 申し訳ありませんっ!」
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上目遣いで申し訳なさそうに頭を下げる。男が一番断りにくい「可憐な平謝り」のポーズだ。
「ええ〜? 星空さん固いこと言わないでさ、一口くらいイイじゃない! ねぇ加藤さん?」
「あ、はいっ! 美羽ちゃん、せっかくプロデューサー様が注いでくださったんだから、一口だけでも形だけ……」
「ダメですー! 本当に一口飲んだだけで真っ赤になって倒れちゃうんですぅ…… プロデューサー様や皆様にご迷惑をおかけしたくないので、ウーロン茶で乾杯させてくださいっ! その代わり、皆様のお話はいっぱい聞かせていただきますから!」
語尾に「〜っ!」とハートマークが見えるような愛想を振りまき、自らウーロン茶のグラスを手にとってプロデューサーに差し出した。
「うっ……そ、そう言われちゃ断れないなぁ。がはは! いいよいいよ、可愛いから許す!」
(よしっ! なんとか回避した)
どうにか酒の強要は回避できたものの、安らぎなど1ミリもなかった。
男たちの視線から逃れるように、僕は「女子同士のおしゃべり」に混ざるフリをして、共演者のグラビアアイドルたちの輪の中に身体を寄せることにした。
「リサさ〜ん、今日はお疲れ様でしたぁ……」
「美羽ちゃんお疲れ〜! ほら、刺身乗ってるから食べなよ!」
隣に座るリサさんたちモデル組の輪に加わったのだが――これもまた、まったく落ち着かない。
「ねえねえ、さっきプロデューサーに『今度二人でゴルフ行こう』って誘われちゃった〜。マジ無理〜」
「ウチも『次の新作の配役、君に有利にしてあげるよ』とか言われた(笑)。典型的な枕誘いじゃん〜」
彼女たちは周りの男たちに聞こえないような小声で、エグい業界の裏話や愚痴をケラケラと笑いながら暴露し合っている。
しかも、お酒が入って開放的になっているせいか、肩や腕をぐいぐい僕に押し付けてくるのだ。
「美羽ちゃんも気をつけてね? あのプロデューサー、酒が進むと手にタッチしてくるタイプだから!」
「えっ……!?」
そう言ってリサさんが僕の肩にぽんと手を置く。柔らかい体温と香水の匂いがダイレクトに伝わってきて、僕の心臓がドキンと跳ね上がった。
(落ち着け……! 僕は今、女子だ! 同性の友達として接してくれてるだけだ! でも男の本能が『美女に触られてる』って反応しちゃうんだよちくしょう!!)
右を見れば、僕を品定めするような男たちのギラギラした視線。
左を見れば、無防備に肌を密着させてくる酔っ払いグラビアアイドルたち。
前目線には貼りつくような営業スマイル。
心の中では『早く帰りたい早く帰りたい早く帰りたい』と念仏のように唱えながら、僕はひたすら烏龍茶をすするのだった。
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宴もたけなわとなり、場が酒で温まってくると、僕の嫌な予感は最悪の形で現実となった。
「いやぁ〜星空さん! 本当に今日の君は最高だった! ガラッと印象が変わって、グッと大人っぽくなったよなぁ!」
宴席の端でモデル仲間と烏龍茶をすすっていた僕の隣に、ドサリと重い音を立てて誰かが座り込んできた。
赤ら顔のプロデューサーだ。
ウイスキーのロックグラスを片手に、完全に酔っ払った千鳥足で僕の真隣へと割り込んできたのだ。
「あ、プロデューサー様……お酒、進んでいらっしゃいますね……」
僕は反射的にバチッと「貼りつくような笑顔」を顔面に固定し、体を数センチだけそっと奥へ引いた。
しかし、プロデューサーは逃がさないと言わんばかりに距離を詰めてくる。
「何言ってるんだよ〜! 君というダイヤの原石を見つけたんだ、飲まずにいられるか! ねぇ、星空さん……」
そう言うと、プロデューサーの少し湿り気を帯びた右手が、僕の膝の上に置かれた白いフレアスカートの上へと伸びてきた。
(ひっ……!! 触るなスケベオヤジ!!)
ぞっとするような寒気が背筋を駆け抜ける。
男だからこそわかる、これは完全に「下心アリのタッチ」だ。
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ここで下手に突っぱねれば「愛想が悪い」と事務所に迷惑がかかるし、かといって触らせれば僕の男としての尊厳(と美羽の身体)が汚される!
プロデューサーの指先がスカートの生地に触れようとしたその刹那――僕は疾風の如き素早さで両手を胸の前でギュッと握り締め、胸元に引き寄せた。
「きゃっ……! 困りますプロデューサー様ぁ〜!」
僕は美羽の可憐な高音を少し裏返らせ、あえて大袈裟に恥ずかしがってみせた。
「も〜、プロデューサー様ったらお酒のせいで千鳥足になっちゃって! 私の膝をクッション代わりにしようとしましたね〜? もうっ、ダメですよぉ!」
ぷんぷんと怒るフリをしながら、自然な動作で上半身を後ろに引いてタッチを完璧に回避する。
「お、おう……ごめんごめん、ちょっとフラついちゃってさ。いやね、星空さん? 次のゲームのメインヒロインのCVと公式コスプレイヤー、君に内定させちゃおうかな〜なんて考えてるんだよ。……どうかな? この後、二人で別の店でゆっくり『お仕事の打ち合わせ』でもしない?」
プロデューサーはニヤニヤと卑しい笑みを浮かべ、今度は僕の白ニットから覗く肩口へと手を伸ばしてきた。
(二人は絶対ねぇよ!! ていうか指先が触れそう! ヤバいヤバいヤバい!!)
万事休すかと思われたその時、僕の脳裏に稲妻が走った。
(そうだ……『二日酔い』だ!!)
僕は一瞬で顔から笑顔を消し去り、両手で口元を覆うと、全身をガタガタと激しく震わせ始めた。
「うっ……! ぐ、うぷっ……!?」
「え……? 星空さん……?」
プロデューサーのの手がピタリと止まる。
僕は目を限界まで血走らせ、苦しそうに喉を鳴らしながら、絶望的な表情でプロデューサーの顔をじっと見つめた。
「ご、ごめんなさい……っ! 実は朝から二日酔いと胃腸炎でっ! お酒の匂いを嗅いでたら……急に胃が……うぷっ!! 吐きそうっ!!」
「うわああああっ!??!?」
プロデューサーが弾かれたように跳び起きた。
高級スーツにゲロをぶちまけられると思ったのか、引きつった顔で数メートル後ろへと後退する。
「ま、マネージャーの加藤さん!! 星空さん大変だよ!! 吐く! 彼女ここで吐いちゃうよ!?」
「ええっ!? 美羽ちゃん大丈夫!?」
慌てて飛んできた加藤さんに、僕は涙目(※必死に演技中)で縋りついた。
「加藤さん……っ! すみません……もう限界です……胃がひっくり返りそうで……おトイレ……ううっ、プロデューサー様、せっかくの席なのに大変申し訳ありません……っ!」
「い、いやいい! 謝らなくていいから! 早くトイレ行きなさい! というか病院行きなさい! スーツにかかったら困るから!」
プロデューサーは完全に腰が引けている。
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完璧だ。
男は「可愛い女子の涙」にも弱いが、「目の前でゲロを吐きそうな奴」からは全力で逃げるのだ!
「加藤さん、私……ご迷惑をおかけするので、今日はこのままタクシーで帰らせていただきます……っ! みなさん、お先に失礼します……うぷっ!」
「分かったわ美羽ちゃん! タクシー代渡すからすぐ帰りなさい! プロデューサー様には私から平謝りしておくから!」
「失礼しますぅぅぅ……っ!」
僕は口元を押さえたまま、カバンのような貴重品をひっつかみ、脱兎の如くVIPルームを飛び出した。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ――――っ!!」
居酒屋の路地裏に出た瞬間、僕は壁に背中を預け、本日一番の深呼吸をした。
夜風が火照った顔と、汗で冷えた服を心地よく冷ましていく。
膝も、肩も、誰にも触れさせずに済んだ。
プロデューサーの不快な下心も、見事な「ゲロ演技」で完璧に撃退してみせたのだ。
「勝った……僕は勝ったぞ……!」
パンプスを履いた足はすでに激痛で悲鳴を上げているが、心は晴れやかだった。
美羽のスマホを取り出すと、画面にはあいつからのLINEが入っていた。
『レン、大丈夫……? 生きてる……?』
僕は美羽の可憐な顔に、ちょっと意悪で男らしいニヤリ顔を浮かべ、親指で素早くメッセージを打ち込んだ。
『完全勝利で脱出した。今から帰る。約束通り、手料理と膝枕耳かきの準備をして待ってろよ』
可憐なヒールの音を夜の街に響かせながら、僕は今度こそ、本当の「我が家」へと足早に走り出したのだった。
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夜の住宅街をヒールでカツカツと鳴らしながら、僕はほうほうの体で美羽のアパートへとたどり着いた。
階段を上り、ドアの前で美羽の鍵を取り出す。
カチャリと鍵を回してドアを開けると、玄関の明かりがぼんやりと灯っていた。
「ただいま……美羽、生き残って帰ってきたぞ……」
「あ、レン? おかえりぃ……」
リビングから出てきた美羽は、まだ頭に冷えピタを貼り、ボサボサ頭のスウェット姿だった。
しかし、玄関に立つ僕――つまり、完璧にメイクされ、淡いピンクのリップと白いニットドレスに身を包んだ「自分自身」の姿を見るなり、美羽は目を丸くした。
そして、自分の額を指差しながら、ドヤ顔で言い放った。
「うわぁ……! ちょっと待って、ドア開けたら超絶美人が立ってるから誰かと思ったら……なんだ、私か!!」
「……お前、まだ酒抜けてねぇだろ」
「抜け切ってないけど! でもマジで言いたくなっちゃうくらい完璧じゃん! え、私ってこんなに可愛かったんだ!? 自分と付き合いたくなってきたんだけど!」
「自画自賛してないで手伝え! 足が、パンプスで足が限界なんだよ……っ!」
「あはは、ごめんごめん! ほら、入って!」
靴を脱ぎ、リビングのソファにへたり込むと、美羽が冷たいお茶をコップに入れて持ってきてくれた。
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「はい、お疲れ様レン。……で、どうだったの? 打ち上げ」
「どうだったもこうだったもないよ! プロデューサーが隣にベッタリ座ってさ、膝とか肩とか触ろうとしてきたんだぞ!?」
「えぇっ!? スケベオヤジじゃん! 大丈夫だったの!?」
「僕の危機管理能力をなめるな。土壇場で『二日酔いで吐く演技』をして、プロデューサーをドン引きさせて逃げてきた」
「あはははは! 吐く演技!? やだ、私のイメージがぁー!」
「誰のせいでそんな演技したと思ってんだ! ていうか、今日のステージも大成功で、プロデューサーも加藤さんも『次のメインプロモーションも美羽ちゃんで決まり』って大絶賛だったぞ」
僕がドヤ顔で報告すると、美羽は一瞬ぽかんとした後、パーッと顔を輝かせた。
「ほんとに!? マジで!? レン、すごーい!! ありがとぉぉぉっ!!」
感極まった美羽がぎゅっと抱きついてくる。
……のだが、自分の顔をした女子(美羽)に、自分の顔をした女子(僕)が抱きつかれている構図は、冷静に考えて相当カオスだ。
「わかった、わかったから離れろ! 酒臭いし、僕も今日は全身汗と香水でベタベタなんだよ。早く服脱いでラクになりたい……」
そう言ってニットの裾に手をかけると、美羽が「あ!」と何かを思い出したように声を上げた。
「ねえレン! 私、さっきまで寝汗すごかったし、二日酔いの気持ち悪さ流したいから、お風呂入りたいんだけど……」
「おう、じゃあ先に入れよ。僕は着替えてから入るから」
「ううん、違うの。一人で入るとまた頭痛くなって倒れそうだから……一緒に入ろ?」
「は? なに言っ――」
「だってさ! レンも全身汗かいて気持ち悪いでしょ? それに……その、私の姿のまま服脱ぐの、背中のジッパーとかブラのホックとか、慣れてないレン一人だと大変じゃん? 手伝ってあげるよ!」
美羽は少し頬を赤らめながら、上目遣いで僕を見つめてきた。
「い、いや待て! 確かに着替えは大変だけど、僕はお前の姿なんだぞ!? 女の姿の僕とお前が、二人で一緒にお風呂に入るって……それ、どういう状況だよ!?」
「いいじゃん別に! 中身は私の大好きな彼氏だし、外見は私なんだから減るもんじゃないでしょ! ほら、お湯溜まってるから行くよ!」
「あ、ちょっと引っ張るな! 転ぶ! ヒール脱いだから丈が……あーっ!」
結局、強引な美羽に引きずられるようにして、僕は脱衣所へと連れ込まれてしまった。
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「じゃあ、背中のジッパー下ろすね〜」
「……うう、頼む」
脱衣所の鏡の前で、美羽が僕の背後に回り、白ニットのジッパーをゆっくりと下ろしてくれる。
「わ……なんか、自分の背中を自分で脱がせてるみたいで変な感じ(笑)」
「笑い事じゃないだろ。僕なんて今、鏡に映ってる自分の姿(美羽)と、後ろにいるお前(美羽)で、脳の処理が追いついてないんだぞ……」
「あはは! でもさ、レン……今日、本当にありがとね。私のために嫌な思いしてまで代役やってくれて」
ジッパーが下がりきり、ニットが肩からハラリと落ちる。鏡越しに美羽と目が合った。美羽の表情は、いつになく真剣で、温かい感謝に満ちていた。
「……別に。お前が困ってたから当然だろ。彼氏だし」
僕が照れ隠しにそっぽを向くと、美羽はくすっと笑って、僕のブラジャーのホックをパチンと外してくれた。
「ふふ、やっぱりレンは優しいね。……よしっ、服脱げたよ! お湯冷めないうちに入ろ!」
「う、うむ……」
服を脱ぎ捨て、僕たちは二人で浴室へと足を踏み入れた。
湯気が立ち込める浴室の中、浴槽には温かいお湯が並々と注がれている。
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美羽が先に湯船に入り、「はぁ〜〜……極楽……」と脱力した声を上げた。
「レンも早く入りなよ。足、相当痛かったでしょ?」
「……失礼します」
僕はまだ美羽の姿のまま、そっと湯船に足を浸した。
足裏の激痛が温かいお湯に溶け出していくようで、思わず「くはぁ……」とオジサンみたいな吐息が漏れてしまう。
「あはは! 可愛い顔してオジサンみたいな声出さないでよ!」
「うるさいな。今日一日、どれだけ緊張してヒール履いてたと思ってんだ」
狭いアパートの浴槽で、僕と美羽は向き合うようにして肩までお湯に浸かった。
目の前には、スウェットを脱いですっぴんになった本物の美羽。そしてお湯に映るのは、美羽の姿をした僕。
「……ねえレン」
美羽がお湯をパシャパシャと弄りながら、僕の顔をじっと見つめてきた。
「なに?」
「自分の顔が目の前にあるの、すっごく不思議な感じだけど……なんだかちょっとドキドキする」
「……は? 自分が相手でドキドキすんのかよ」
「ちがうよバカ。顔は私だけど、目の動きとか、照れた時の口元とか……やっぱり中身がレンだからだよ」
美羽がお湯の中からそっと手を伸ばし、湯船の中で僕の手をギュッと握りしめてきた。
柔らかくて、温かい手が僕の指に絡みつく。
「レン、カッコよかったよ。男心分かってるポーズも……私のために頑張ってくれたのも全部」
「……変身したまま褒められても、全然嬉しくないんだけど」
そう言いながらも、僕は美羽の手を少し強めに握り返した。
「早く酒抜いて、体調戻せよ。……帰ったら高い肉奢るって約束、絶対忘れるなよ」
「うん! 明日、とびっきり美味しいお肉ご馳走する! ……あ、でもその前に」
美羽がいたずらっぽくニヤリと笑った。
「お風呂上がったら、約束通り膝枕と耳かき、してあげるね?」
「……手料理は?」
「それは……明日の朝ごはん! 今はまだ胃がムカムカするから(笑)」
「やっぱり二日酔い治ってないじゃねぇか!」
湯気で満たされた狭い浴室に、僕たちの笑い声が響き渡る。
悪夢のような一日だったけれど、こうして美羽の笑顔を見られたなら――まあ、代役をやった甲斐はあったのかもしれない、と僕は心の中でそっと呟いたのだった。