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人生五十三年、いろいろあった。
残業続きの毎日、すり減る膝関節、加齢臭を気にする虚しい朝。
そんな俺の前に突如現れたのは、昭和レトロな赤い公衆電話ボックス――あの夢のひみつ道具『もしもしボックス』だった。
半信半疑のまま、俺は受話器を握りしめ、魂の叫びを吹き込んだのだ。
「もしも……53歳のおじさんだけど、大学生のお姉ちゃんがいる高校生の女の子になって、お姉ちゃんに甘えたい世界になったら!」
『チン――パラレルワールドを形成します』
機械的な無機質ボイスが響いた直後、世界がぐにゃりと歪んだ。
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「ん……っ?」
目覚めると、そこは白とピンクで統一された、異常にファンシーな部屋だった。
カーテン越しにやわらかな朝差しが差し込んでいる。
いつもなら「うぐっ、腰が……」と絶叫しながら起き上がるはずの身体が、羽のように軽い。いや、軽いどころの話ではない。
慌てて姿見の鏡へ飛びついた俺は、絶句した。
そこに映っていたのは、白く透き通るような肌、柔らかそうな栗色の髪、そして大きな瞳をした完璧に可憐な女子高生の姿だった。
胸元にはささやかながらも女の子らしい膨らみがあり、制服のスカートから伸びる脚には一切の無駄肉がない。
(マジかよ! 膝が痛くない! 加齢臭もしない! 本当に女子高生になっちまった!!)
中身は長年サラリーマンとして揉まれてきた53歳のくたびれたオジサンである。
だが、外見はどう見てもピカピカの女子高生だ。
その時、バタンと部屋のドアが開いた。
「もう、葵(あおい)ったら! いつまで寝てるの? 今日は大学の講義が遅めだから朝ごはん作ってあげたのに、冷めちゃうでしょ」
入ってきたのは、エプロン姿の美しい女性だった。
黒髪のショートヘアで、柔らかで包み込むような雰囲気をまとった綺麗なお姉さん。
胸元には豊かなふくらみがあり、大人の女性としての包容力が全身から溢れ出ている。
俺の脳内に、この世界の記憶が電撃のように駆け巡る。
名前は川立 葵(かわだち あおい)。
そして目の前にいるのは、俺の実の姉――大学二年生の川立 彩香(かわだち あやか)お姉ちゃんだ!
「あ、お姉ちゃん……」
「もう、寝ぼけてるの? ほら、早く着替えないと」
彩香お姉ちゃんは呆れたように微笑むと、俺の元へ歩み寄ってきた。そして――迷うことなく、俺の頭を優しく撫でてくれたのだ。
ポン、ポン、と温かい手が髪を撫でる。
(ひゃああああああああっ!?)
53歳の精神が激しく動揺する。満員電車で頭を下げ、上司に怒鳴られ、後輩に気を使って生きてきた人生で、誰かにこんなにも優しく頭を撫でられたことなんて、一体いつ以来だろうか。いや、記憶にない。
「んふふ、葵は髪がフワフワで気持ちいいなぁ。ほら、顔洗っておいで?」
「おねえ、ちゃん……」
「ん? どうしたの?」
彩香お姉ちゃんは心配そうに首をかしげると、膝をついて俺と目線を合わせ、そのまま優しく両腕を広げて抱きしめてくれた。
ぎゅっ――。
「……っ!!?」
包み込まれるような柔らかい感触。ほのかに漂う石鹸と甘いシトラスの香り。母性と姉性を極限まで煮詰めたような、絶対的な安心感。
53年間、世間の荒波にもまれてカチカチに凍りついていたおじさんの心が、一瞬でドロドロの液体となって溶け出していくのが分かった。
責任? 痛風のリスク? そんなもの、この温もりの前には何の価値もない!
「あ、葵? 急に泣き出しちゃって、どうしたの? 悪夢でも見た?」
「う、うぁ……っ」
俺はもう、我慢できなかった。
女子高生としての身体の本能か、あるいは虐げられてきた53歳おじさんの魂の慟哭か。俺は彩香お姉ちゃんの豊かな胸元に顔をうずめ、思いっきり抱きつき返した。
「お姉ちゃんぇぇぇん! 甘えたいよぉぉぉっ!!」
「ちょっと葵!? 一体どうしたのよーっ!……でも、よしよし。今日はずっとお姉ちゃんが甘えさせてあげるからね?」
背中をポンポンと優しく叩かれながら、俺は心の中で涙を流して決意した。
もしもしボックスの有効期限がいつまでかは知らない。前世の記憶を持ったままこんな行動をするのは、少しだけ背徳感が走る。
だが、言わせてほしい。
お姉ちゃんに甘える女子高生生活、最高すぎるだろ……!!
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顔が埋もれる。
圧倒的な柔らかさと、ぬくもり。そして鼻腔をくすぐるのは、甘いシトラスと高級感のある石鹸が混ざり合った、紗香(さやか)お姉ちゃん特有の上品で芳しい匂いだった。
(う、うわあああぁぁぁ……なんだこの天国みたいな匂いは! 脳みそが溶ける!)
53歳の社畜人生で嗅いできたものといえば、加齢臭、タバコの煙、疲労困憊したオフィスに漂うぬるいコーヒーの匂いくらいだった。
それに対して、いま全身を包み込んでいるのは、純度100%の「お姉ちゃんの匂い」。
匂いだけで人間のストレスを全消去できるアロマオイルか何かだろうか。
俺は理性が吹き飛びそうなほどの多幸感に浸りながら、さらに深くその胸元へと顔をうずめた。
すると、その甘美な心地よさに没頭していた瞬間――頭の奥底で『パチン』と小さな気泡が弾けるような感覚がした。
(え? なんだこれ!?)
脳裏に、怒涛の勢いで見知らぬ映像と情報が流れ込んできた。
いや、見知らぬ映像ではない。
これは――『川立葵』としての16年間の記憶だ!
通っている高校の名前、仲の良いクラスメイトの顔と名前、スマホの暗証番号、好きなお菓子、苦手な数学の公式。
そして何より、目の前で俺を抱きしめてくれている姉・紗香お姉ちゃんとの愛おしい日常の思い出の数々。
大学で英文学を学んでいること。
両親が海外赴任中で、今は二人でこのマンションで暮らしていること。
お姉ちゃんは料理が得意で、昔から妹の葵を目に入れても痛くないほど可愛がってくれていること。
そして葵自身も、そんなお姉ちゃんが大好きで、家ではとことん甘えん坊だったこと――。
(来た……! 記憶の完全インストールだ……!!)
まるで最初から自分が川立葵として生きてきたかのように、すべての記憶と感覚が自然に脳へと定着していく。
これなら「家族の呼び方」や「普段の立ち振る舞い」で不自然なボロを出して怪しまれる心配は一切ない。
完璧に「妹の葵」としてこの世界に溶け込むことができる!
(53歳のおじさんだった過去のスキルと知識を持ちつつ、外見も記憶も完璧な『甘えん坊の女子高生妹』になれたんだ!)
大きな懸念事項が解消されたことで、俺の心からは一気に緊張が解け去った。
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そして、緊張が解けた後に残ったのは――いま目の前にある圧倒的な癒やし空間への没頭である。
「葵? 本当にどうしたの? 身体のどこか痛い? 熱でもあるのかな……」
不安そうに語りかけてくる紗香お姉ちゃんの声は可憐で優しい。
背中に回されたお姉ちゃんの細い手が、トントンと一定のリズムで優しくあやしてくれる。
もう、何一つ遠慮する必要なんてなかった。
記憶も完璧、立場も完璧。ならば俺が今やるべきことは、ただ一つ。
「ん……ううん……痛くないの……」
俺は紗香お姉ちゃんの胸元に頬をすりすりと押し付け、うっとりと目を細めた。
極上の柔らかさと良い匂いに完全に酔いしれながら、女子高生特有の少し甘えた声で呟く。
「ただ、お姉ちゃんの匂いがすごく安心するから……もうちょっとだけ、こうさせて……?」
「もう、葵ったら……」
俺の言葉を聞いた紗香お姉ちゃんは、ホッとしたように愛おしげな吐息を漏らすと、さらに強くギュッと抱きしめ返してくれた。
「ふふ、甘えん坊さんなのは相変わらずだね。いいよ、葵が満足するまで、ずっと抱っこしてあげる」
(はぁぁぁぁ~っ!! 幸せすぎる。生き返る……いや、一度人生やり直して大正解だった……!!)
53歳の社畜サラリーマンだった俺の魂は、お姉ちゃんの温もりと甘い匂いの中で、フニャフニャのドロドロに溶けていくのだった。
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お姉ちゃんの柔らかな胸の感触と極上の匂いに包まれて、完全に骨抜きになっていた俺だったが――壁に掛けられた時計の「カチ、カチ」という無情な音が、現実を引き戻した。
時刻は7時45分。
「あ、葵。……そろそろ着替えて学校行かないと遅刻しちゃうよ?」
紗香お姉ちゃんがクスッと微笑みながら、優しく俺の肩をトントンと叩いた。
「う~……やだ……学校行きたくない……お姉ちゃんとずっとこうしてたい……」
53歳のおじさん(現・女子高生)は、全力で駄々をこねた。
サラリーマン時代、毎朝「会社に行きたくない」と思い続けていた魂の叫びが、女子高生という無敵のシェルターを得て炸裂している。
何より、こんなパラダイスのようなお姉ちゃんの抱擁を振りほどいて学校に向かうなんて、拷問以外の何物でもない。
「コラ、駄目だよ。葵はもう高校二年生でしょ? ほら、起きて起きて」
困ったように眉を下げながらも、紗香お姉ちゃんは俺の身体を少し離すと、ポンポンと優しく頬を撫でてくれた。
「それにね、私も今日は大学で午前中から実験と講義があるの。葵が学校行ってくれないと、お姉ちゃんも心配で出かけられないでしょ?」
「うぅ……それは、そうだけど……」
お姉ちゃんに迷惑をかけたいわけじゃない。
葵としての記憶があるからこそ、お姉ちゃんが真面目で頑張り屋なこともよく分かっている。
ここで我儘を通してお姉ちゃんの予定を狂わせるわけにはいかないのだ。
しょんぼりと肩を落とす俺を見て、紗香お姉ちゃんは何かを思いついたようにパッと表情を輝かせた。
「ふふ、じゃあ……こうしようか!」
紗香お姉ちゃんは俺の手に自分の手を重ねると、少し恥ずかしそうに、でも最高に甘い笑顔で言った。
「今日、葵がちゃんと学校に行って頑張って帰ってきたら……一緒にお風呂に入ろっか?背中、流してあげる」
「ッ――!!!???」
俺の脳内で、ファンファーレが盛大に鳴り響いた。
(い、一緒にお風呂!? 女子高生の葵とお姉ちゃんで……一緒のお湯に浸かって背中を流し合う!?)
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前世の53歳のおじさん脳が、一瞬で暴走しそうになる。
だが待て、これは怪しい企みでも何でもない。
記憶によれば、川立家では昔から仲良し姉妹として一緒にお風呂に入ることがよくあったのだ。
女子高生と女子大生の姉妹としては、ごく自然なご褒美(?)提案なのである!
「ホント……!? お風呂、一緒に入ってくれるの……!?」
「うん、本当だよ。だから、ちゃんと遅刻しないで学校に行って、勉強頑張ってくること。約束できる?」
紗香お姉ちゃんはそう言うと、可愛らしく小指を差し出してきた。
「絶対! 絶対に行く! 約束する!!」
俺は食い気味に返事をすると、自分の小指をお姉ちゃんの小指にしっかりと絡ませた。
指きりげんまん。絶対に破れない、男――いや、女子高生の一生をかけた誓いである。
「よし、約束成立ね! じゃあ、いってらっしゃい♪」
「はーいっ!」
さっきまでのグズグズが嘘のように、俺は跳ねるように自分の部屋へ走り出した。
学校? 行きますとも! 数学も英語も何でも来い!
だって今日の放課後には――『紗香お姉ちゃんと一緒にお風呂に入る』という、人生最高のイベントが待っているのだから!
(見てろよ53歳の俺……俺は今、人生で一番最高の青春を駆け抜けてるぞ……!)
カバンを手に取り、俺は意気揚々と玄関を飛び出していった。
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玄関を跳ねるように飛び出した俺は、お姉ちゃんとの「放課後お風呂約束」という最高のご褒美を胸に抱き、秋風が心地よい通学路を駆け抜けていた。
(それにしても高校生活って、こんなに楽しかったか!?)
前世の53歳サラリーマンだった頃の記憶にある高校時代といえば、受験勉強のプレッシャーと冴えない男子同士のぬるい悪ふざけ、そしてパッとしない青春の残像ばかりだった。
だが、今の俺はピカピカの女子高生・川立葵だ。
学校に着いてからの時間は、驚くほど刺激的で、そして想像を絶するほど楽しかった。
教室に入るとすぐに、「あおい~! おはよー!」「葵ちゃん、今日の髪型めっちゃ可愛くない!?」とクラスの女子たちがワラワラと集まってくる。
「え~ほんと? ありがと~!」なんて自然に返しながら展開される「女子トーク」。
最初は「53歳のおじさん脳で女子高生の会話についていけるか?」と一瞬焦ったが、葵としての記憶が完璧にアシストしてくれるおかげで、何の違和感もなく溶け込むことができた。
最近流行りのコスメ、推しのアイドル、SNSで話題のスイーツ、そしてちょっとした恋愛の愚痴。
(なるほど……女子の会話ってこんなスピード感とテンションで回ってるのか! 面白すぎる!)
53年の人生経験からくる微妙な「聞き上手さ」と相まって、俺はクラスの女子たちから「葵って本当に話しやすいよね~!」と大好評。
女子グループの中心でキャッキャと笑い合う時間は、前世の殺伐とした会議室とは比べものにならないほど眩しかった。
さらに、もう一つ……男として生きてきた前世では絶対に味わえなかった“最高の快感”があった。
それは、男子生徒たちからの視線だ。
廊下を歩いている時、授業中にふと視線を感じて振り返った時、男子たちが俺――川立葵の姿を必死に目で追っているのが手に取るように分かる。
制服のスカートから伸びる脚や、風になびく栗色の髪、そしてささやかな胸のライン。
男子たちの視線には、隠しきれない甘酸っぱいスケベ心と憧れが詰まっていた。
(見ろ見ろ! 必死に盗み見てるなぁ、男子ども! でも残念だったな、中身は君たちより遥かに社会の揉み波に揉まれてきた53歳のおじさんだぞ!)
優越感と、女の子として注目される妙なゾクゾク感。男子たちの視線を浴びるたび、全身の皮膚が心地よく痺れるような、癖になりそうな快感が脳内を駆け巡った。
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だが――そんな楽しい一日の中でも、間違いなく「最高の中の最高」だったのは、3時間目の体育の授業前、女子更衣室での出来事だった。
「あ~、今日の体育マラソンとか最悪なんだけど~」
「ね~、日焼けするし汗かくしマジ無理~」
密室となった女子更衣室。
パタパタと制服を脱ぐ衣擦れの音と共に、甘い制汗スプレーの匂いと女子たちの生々しい熱気が室内に充満する。
前世の俺なら一発で警察に通報されるような空間に、俺は「当事者」として当たり前のように存在しているのだ。
ブラウスのボタンを外し、体操服に着替えようとしていたその時――。
「ちょっと葵~! 葵ってさ、なんか最近ちょっと胸大きくなった……?」
後ろから突然、仲の良いクラスメイトの由紀恵(ゆきえ)がニヤニヤしながら手伸びてきた。
「えっ、ちょ、由紀恵――」
「ふにゅっ」
「ひゃあああぁぁぁっ!?」
無防備だった俺の胸(スポーツブラ越し)を、由紀恵の手が容赦なく鷲掴みにした!
「あはは! やっぱり~! 柔らか~い! 葵、密かに成長期きてんじゃないの~!?」
「や、やめっ、由紀恵! どこ触って――んあっ!」
53歳の理性が弾け飛ぶような、女子同士ならではのダイレクトなスキンシップ!
前世の人生で、同世代の女子(いまや女子高生だが)にこんなダイレクトに胸をもまれる体験なんて一度だってなかった。
あまりの感触と刺激に、頭の中が真っ白になりかける。
だが、ここで引き下がる俺ではない。
女子高生・葵としての本能と、おじさんのスケベ心が奇跡の融合を果たした。
「も~! 人の胸勝手にもまないでよ~! お返しだ~っ!」
「きゃあっ!? ちょっと葵、どこ触って――んんっ!?」
俺は間髪入れずに由紀恵の胸へと手を伸ばし、思いっきりもみ返してやった!
「あはは! 由紀恵だって結構大きいじゃん! 柔らかい~!」
「ひゃーっ! 葵の手、なんか手つきがエロいんだけど!? どこで覚えたのよそれ~!」
「えへへ~、秘密~! ほらほら、もみもみ~!」
「やだ~! 助けてみんな~! 葵が変態になった~!」
更衣室中に響き渡る、きゃーきゃーという女子たちの黄色い悲鳴と笑い声。
周囲の女子たちも「なになに~? 混ざる~!」と参戦してきて、更衣室はちょっとしたおっぱい揉み合いの大戦争と化した。
柔らかな感触、弾ける笑顔、女子だけの密やかな空間。
(最高! 最高すぎるだろ女子高生の更衣室!! 53年間生きてきて、こんな天国が存在するなんて知らなかったぞ!!)
汗をかいて体操着に着替える頃には、俺の心は完全に満たされ、青春のエネルギーで全身が満ち溢れていた。
学校生活は想像以上に楽しかった。女子トークも、男子からの視線も、更衣室でのイタズラも、全てが最高に刺激的でキラキラしていた。
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けれど――
(よし! 学校も思いっきり満喫したし、授業もバッチリ受けた!)
放課後のチャイムが鳴り響くと同時に、俺は誰よりも早く荷物を鞄に詰め込んだ。
学校での青春も最高だが、俺にはこの後に待ち受けている「本番」があるのだ。
そう、今朝お姉ちゃんと交わした、絶対に破れない固い約束。
『今日、葵がちゃんと学校に行って頑張って帰ってきたら……一緒にお風呂に入ろっか?』
「由紀恵、みんな、バイバイ! 私、今日は急いで帰るから!」
「えっ、葵もう帰るの!? 部活見ていかないの~?」
「大事な用事があるの! また明日ねー!」
クラスメイトたちの呼び止める声を背に、俺は教科書が詰まったカバンをギュッと抱きしめ、夕焼けに染まる通学路を全力で走り出した。
待っていてくれ、紗香お姉ちゃん!
53歳(現・女子高生葵)の俺が、今最高の笑顔で帰るからね――!!
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「ただいまーっ!」
夕焼けに染まる玄関のドアを元気よく開け、俺――川立葵は弾んだ声で帰宅を告げた。
だが、返ってきたのは静まり返った廊下の静寂だけだった。
(あ、そっか。紗香お姉ちゃん、今日は大学の講義と実験があるって言ってたっけ。まだ帰ってきてないんだな)
リビングへ進むと、整頓された部屋に静かな時間が流れていた。
一瞬だけ「早く会いたいな」と寂しさが胸をかすめたが、すぐに俺の心は前向きな興奮へと切り替わる。
そうだ、泣いても笑っても今日は「お姉ちゃんとの一緒のお風呂」という人生最大のビッグイベントが控えているのだ。
(お姉ちゃんが疲れて帰ってきた時に、お風呂がピカピカに沸いてたら絶対喜んでくれるはず! よし、俺がお風呂掃除をして待っていよう!)
53歳の社畜時代に培われた無駄に気の利く気遣い精神を発揮し、俺はお風呂掃除を決意した。
まずは制服を脱ぎ、部屋着のジャージに着替える。
だぼっとしたネイビーのジャージ上着に、短いショートパンツのジャージ。
女子高生のラフな部屋着姿というのも、なかなかどうして乙なものである。
「よしっ! 気合い入れてピカピカにするぞー!」
腕まくりをしてバスルームに突入した俺は、洗剤とスポンジを手に取り、浴槽をゴシゴシと磨き始めた。
前世の53歳おじさんの手慣れた手つきで、壁から床、シャンプー台の裏まで徹底的に洗っていく。
――が、ここで悲劇(あるいはハプニング)が起きた。
「よーし、最後にシャワーで洗剤を洗い流して……っと」
シャワーヘッドを手に取り、ノズルを強にひねった瞬間。
バシャシャシャシャッ!!
「ひゃあああっ!? ちょっと、シャワーヘッドが暴れて――っ!?」
ホースの圧力が強すぎたのか、シャワーヘッドがまるで生き物のように手元からすっぽ抜け、バスルーム内で暴れ回ったのだ!
必死に蛇口を止めようと手を伸ばしたが、勢いよく噴射される水流を全身にモロに浴びてしまった。
「冷たーいっ! んんっ、目が、目がぁぁ!」
慌てて蛇口を閉めた時には、すでに遅し。
脱衣所に立っていた俺は、頭からつま先まで完全に水浸しになっていた。
ジャージはズッシリと重くなり、身体にピタリと張り付いている。
「うぅ……最悪だぁ……。せっかく気合い入れたのに……」
寒さに震えながら、俺は泣く泣く濡れたジャージを脱ぎ捨てることにした。
脱衣所の大きな鏡に、濡れた下着姿の自分が映る。
「……あ」
鏡に映った自分の姿を見て、俺は思わずまじまじと見つめてしまった。
そこにいたのは、びしょ濡れになって肌に張り付いた「シンプルで可憐な薄ピンクの上下セットの下着」に身を包んだ女子高生だった。
派手なフリルやレースは一切ない。
けれど、優しい桜色と上品で清潔感のあるカッティングが、16歳の透き通るような白肌と絶妙にマッチしている。
前世の53歳おじさん時代の好み――「下着はゴテゴテしたレースより、シンプルで優しいピンク色のコットン系が一番可愛い」というフェチズムが、完全に反映されたチョイスだったのだ。
引き締まった小ぶりな胸、薄ピンクのブラジャーから覗く美しい鎖骨、そしてキュッと引き締まったお尻を包むシンプルなピンクのショーツ。
(うぐっ! 中身は53歳のおじさんなのに……自分で言うのもなんだけど、破壊力高すぎだろこれっ!)
男子高校生が見たら一発でKOされそうな無防備かつ破壊的な姿に、自分自身で顔が熱くなるのを感じた。
「は、早く着替えないと……お姉ちゃんが帰ってきちゃう……っ!」
照れくささと寒さでパニックになった俺は、慌ててバスタオルを引っ張り出し、自分の身体をギュッと包み込むのだった。
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「ただいまー。ふぅ、今日の実験、長引いちゃった……」
パタパタという足音と共に、待ちに待った紗香お姉ちゃんの声が玄関から聞こえてきた。
「あっ……お姉ちゃん、おかえりなさい!」
俺は慌ててバスタオルを胸元でギュッと巻き直すと、脱衣所のドアを開けてひょっこり顔を出した。
玄関で靴を脱いでいた紗香お姉ちゃんは、俺の姿を見るなり目を丸くした。
「えっ葵!? ちょっと、どうしてバスタオル一枚なの!? しかも髪まで濡れて……寒くないの!?」
「あ、あはは……実はね、お姉ちゃんのために先にお風呂掃除をしておこうと思ったんだけど……シャワーヘッドが暴れちゃって、全身水浸しになっちゃったの……」
「えぇーっ!? 大丈夫だったの!?」
紗香お姉ちゃんはカバンを床に置くと、心配そうに駆け寄ってきた。
「怪我はない? 寒くない? もう、無理してお風呂掃除なんてしなくてよかったのに……」
「ううん、怪我はないよ! お姉ちゃんが帰ってきたら、すぐ一緒にお風呂に入れるようにしておきたかったから……」
少し気まずそうに目を上に向けると、紗香お姉ちゃんは一瞬呆けたような顔をした後、ぽっと頬を染めて破顔した。
「もう……葵ったら、私のためにそんな。可愛いなぁ、本当にっ!」
「ひゃあっ!?」
紗香お姉ちゃんは耐えきれなくなったように俺を抱きしめた。
バスタオル越しとはいえ、お姉ちゃんの柔らかい身体の感触と温もりが直に伝わってくる。
「んふふ、葵の体がひんやりしてる。よし! 約束通り、今すぐ一緒にお風呂に入ろっか!」
「えっ、今から!? お姉ちゃん、服脱ぐの!?」
「当たり前でしょ? 一緒に入るんだから。葵、お湯張りのボタン押してきてくれる?」
「う、うん! 分かった!」
俺はバスタオルが落ちないように押さえながら、大急ぎで給湯器のボタンを押しに走った。
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「ふぅ~……温まるねぇ……」
「うん……生き返る……」
湯気が立ち込めるバスルーム。
俺と紗香お姉ちゃんは、大きな浴槽の中で肩を並べてお湯に浸かっていた。
(う、うわあああああ……っ! 天国……ここが天国か……!?)
前世53歳のおじさん脳が完全にパニックを起こしかけている。
隣を見れば、お湯に浮かぶ美しい黒髪と、しっとりと濡れた白い肌。
紗香お姉ちゃんの圧倒的なプロポーションが、湯気の中で余すところなく露わになっているのだ。
「葵、顔が真っ赤だよ? お風呂の温度、熱かった?」
紗香お姉ちゃんが心配そうに覗き込んでくる。目の前には豊かな胸元が迫り、甘いシトラスの香りが湯気と共に立ち上っていた。
「熱くないよ! ちょっと……お姉ちゃんが綺麗すぎるから、照れてるだけ……」
「えっ……? ふふ、なにそれ~! 葵ったら、今日はずっと甘えん坊で口上手なんだから!」
照れくさそうに笑った紗香お姉ちゃんは、俺の頭を優しく撫でると、お湯から上がって洗い場の椅子に腰かけた。
「ほら葵、おいで? お約束通り、背中流してあげる」
「あ、うん……お願い。……じゃなくて、お願いします!」
照れのあまり噛んでしまいながら、俺はお姉ちゃんの前の小さな椅子に座った。
洗顔フォームとシャンプーの心地よい香りが広がる。
紗香お姉ちゃんの手が、たっぷりの泡を俺の背中に乗せ、優しく滑らせていく。
「ん……ぁ……っ」
「ふふ、葵の背中、ツルツルで気持ちいいな。学校、楽しかった?」
「うん……! 由紀恵たちと女子トークしたり、体育の着替えでワチャワチャしたり……すごく楽しかったよ」
「そっか。葵が毎日楽しそうで、お姉ちゃんすごく嬉しいよ」
背中を滑る温かい手と、耳元で聞こえる愛おしさに満ちた声。
洗剤の泡よりも柔らかいお姉ちゃんの温もりに包まれて、俺の心の中の53歳のおじさんは、完全に溶けて無くなってしまいそうだった。
「はい、背中流せたよ。次は葵が私の背中、流してくれる?」
くるりと振り向いた紗香お姉ちゃんは、悪戯っぽく微笑みながら俺にスポンジを手渡してきた。
「うん! 任せて、お姉ちゃん!」
俺はお姉ちゃんの背中にたっぷりの泡を乗せ、心を込めて優しく擦り始めた。
もう怪しまれる心配も、未来の不安もない。
(もしもしボックスの神様……本当にありがとう……俺、この世界で一生お姉ちゃんの妹として生きていきます……!)
湯気の中で弾ける泡の音と、大好きな姉妹の会話。
甘くて幸せな夜は、まだまだ始まったばかりだった。