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/tachiha/ - たちは板κ

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――世の中には、知らなくていい真実がある。
例えば、平日は都内のしがないIT企業で中間管理職としてすり減り、満員電車に揺られている三十路の男が、週末の夜だけ「おっさんから可憐な美少女」へとクラスチェンジしているという事実。
そんな秘密を、会社の同僚や地元の友人が知ったらどう思うだろうか。
「おいおい、頭でも打ったのか?」と同情されるか、「気色悪いものを見る目」でドン引きされるのが関の山だろう。
犯罪組織に加担しているわけではないし、誰かを傷つけているわけでもない。
ただ、科学と魔術のあいのこのような胡散臭い「変身アプリ」と、ネットの裏社会で見つけた怪しげなバイトの契約書が、俺をこの道へと引きずり込んだのだ。
理由は二つ。
一つは、純粋な好奇心。
そしてもう一つは、あまりにも魅力的すぎる時給。
何よりの動機を告白するならば、俺はこの……提供される制服、水色を基調としたフリルたっぷりのクラシカルなメイド服を、どうしても一度でいいから自分で着て、その姿を鏡で見たかったからに他ならない。
「……ふう」
薄暗い更衣室の中で、俺は深く息を吐き出した。
いや、正確には「俺」ではない。
今の俺の肉体は、身長百五十八センチ、驚くほど滑らかな肌と、栗色の長い髪をピンクのリボンで結んだツインテールの少女――『太刀葉(たちは)』なのだから。

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鏡に映るその姿は、どうひいき目に見ても三十歳の疲れ果てた男の面影など微塵もない。
愛らしい丸顔に、少し吊り上がった大きな瞳、そしてアンバランスなほど豊かな胸元。
提供されたばかりの白いブラウスと、鮮やかな水色のエプロンが、ぴっちりとその身体を包み込んでいる。
(何度見ても……すごいクオリティだな、これ)
心の中のツッコミ声だけは、まぎれもなく三十歳独身男性のものである。
男の意識を持ったまま、完全に若い女性の肉体に最適化されているこの感覚は、いつ経験しても頭がクラクラする。
自分の意志とは裏腹に、スカートの裾から伸びる太ももや、動くたびに揺れるツインテールの重みがリアルすぎて、恐怖すら覚えるほどだ。
「太刀葉ちゃーん、そろそろオープン準備お願いねー」
更衣室のドアを軽くノックする声が響いた。
この喫茶店の店長である。
彼女はこの店の秘密――俺が本来は男であり、副業としてこの姿でバイトをしていることを知っている数少ない(というか唯一の)理解者だった。
「は、はい! 今すぐ出ます!」
慌てて返事をした声すら、少女のものになっていて、俺は内心で頭を抱えた。
声を裏返らせないように気をつけながら、手元のトレイをしっかりと握りしめる。
トレイの上には、湯気の立つコーヒーと、焼き立てのパンケーキ。
窓から差し込む夕暮れの光が、店内の木製のテーブルを柔らかく照らしている。
――そうだ。これは現実であり、俺の選んだ「副業」の姿。
周囲にバレたら社会的に即死不可避の、スリリングで、どうしようもなく甘美なダブルライフの幕開けだった。
「今日も一日、このメイド服を汚さないように……完璧に、完璧なウェイトレスを演じきってみせるさ!」
気合を入れるために両手で頬を軽く叩き、太刀葉はトレイを掲げて更衣室の扉を押し開けた。
香ばしいコーヒーの香りと共に、平穏(と少しのハプニング)に満ちた喫茶店でのシフトが、今、静かに始まる――。

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太刀葉としてのシフトも中盤に差し掛かった頃、俺はトレイに深煎りブレンドを載せ、秋口の澄んだ空気が心地いいカフェテラス席へと向かっていた。
「お待たせいたしました、ご注文のブレンドコーヒーでございます」
木製のテラス席に腰掛けた男性客へ、極上のスマイルと共にカップを差し出す。
その瞬間だった。
(あ、ヤバ――)
ビル風の悪戯か、あるいは不意に吹いた強い突風か。
ふわり、と浮き立つような感覚とともに、白と水色の可憐なスカートが思い切り捲り上げられた。
バサバサッと裾が舞い上がり、太ももの付け根から下腹部にかけてが白日の下に晒される。
――そして、その下には履いていた、細いリボンがあしらわれた鮮やかなオレンジ色のレースショーツ。
「うわっ……!?」
正面に座っていた男性客が息を呑み、目を見開くのが分かった。
それだけではない。テラス席にいた他の男性客たち、歩道を歩いていたサラリーマン、果ては向かいの信号待ちをしていた男たちの視線までが、吸い寄せられるように俺の股間へと集中する。
「きゃっ……! 嫌だ、もう……っ!」
慌てて片手でスカートを押さえ、頬を真っ赤に染めながら縮こまってみせる。
……が、それはあくまで「可憐な美少女・太刀葉」としての表面上のリアクションに過ぎない。
(くっ、見られてる! 男たちの視線が、全部俺のパンツに注がれてる……)
頭の中で、ドクンと大きな心臓の鼓動が跳ね上がった。
背筋を駆け上がるのは、強烈な恥ずかしさと――それを遥かに上回る、背徳的で「ぞくぞくするような快感」だ。
三十歳の冴えない男だった頃には、逆立ちしたって味わえなかった感覚。
自分という存在が、大勢の男たちの欲望の対象として視線を釘付けにしているという事実。
この甘美な痺れが身体の芯を駆け巡るたび、頭がどうにかなりそうになる。
「す、すみませんっ……風が強くって……!」
半泣きのような声を演じながらペコリと頭を下げ、逃げるように店内に戻る。
ガラス越しにチラリと外を窺えば、さっきの男性客は顔を真っ赤にしてコーヒーカップを握りしめており、周囲の男たちもどこか落ち着かない様子でこちらを盗み見していた。
(はぁ、ダメだ。完全に病みつきになってる……)
胸元に手を当て、激しい動悸を鎮めようと息を整える。
会社や知人にバレたら一発で社会的に終わる非合法の変身副業。
だが、この飛び切り可愛いメイド服を着られること、破格の時給、そして――この女体化特有の歪んだ承認欲求と快感。
一度この味を知ってしまっては、もう足を洗うことなんて絶対に不可能だった。
実際、最近では「あの可愛いウェイトレスがいる」と噂が立ち始め、俺――いや、「太刀葉」を目当てに来店する男性客が明らかに増えてきている。
「太刀葉ちゃん、大丈夫だった? 風、すごかったわね」
「あ、店長……はいっ、大丈夫です! ちょっと恥ずかしかったですけど……」
上目遣いで愛想を振りまきながら、俺は内心でほくそ笑む。
(ふふ、みんなもっと俺を見ればいいさ。……太刀葉ちゃんの魅力に、どっぷりハマっちゃいなよ)
スカートの裾をそっと撫で下ろし、俺は次の注文をとるために、再びあざとい笑みを浮かべてフロアへと踏み出した。

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「太刀葉ちゃーん、お疲れ様ー! 今日の後半シフト、めっちゃ混んで大変だったね」
「お疲れ様ですー! 本当に、テラス席の注文ラッシュは目が回るかと思いました」
シフトを終えた俺――いや、設定上は「現役女子大学生の太刀葉」は、バックヤードの更衣室へと足を踏み入れた。
狭い部屋の中には、甘い制汗スプレーの香りと、若い女の子特有の柔らかな熱気が充満している。
一緒にシフトに入っていた現役高校生のバイトちゃんや、同じく女子大生の先輩たちが、すでに制服を脱ぎ捨てて着替えの真っ最中だった。
「ねえ太刀葉ちゃん、今日のあの強風のときの見ちゃったよ~! スカート凄かったね! 大丈夫だった?」
「ちょっと、先輩やめてくださいよ~! もう、思い出しただけで顔から火が出そうですっ」
照れ隠しに両手で真っ赤になった(フリをした)顔を覆うと、周囲の女の子たちから「可愛い~!」と容赦ない歓声が飛んでくる。
そう、ここは男の立ち入りが固く禁じられた、純度百パーセントの「女子更衣室」。
そして俺自身、ここでは完全に「同性の女の子」として扱われている。
(くっ、この空間、いつも以上に心臓に悪い……)
目の前では、現役女子高生の子が「あー、肩こったー」とブラウスのボタンを上から一気に外し、白いキャミソール姿になっている。
隣の女子大生先輩に至っては、何の躊躇もなくエプロンとスカートを脱ぎ捨て、黒のレースブラとショーツ一枚の無防備すぎる姿で汗を拭いていた。
完全に同性しかいないという油断からくる、あまりにも大胆でオープンな着替え風景。
中身が三十歳独身男の俺にとっては、視線の置き場に困る刺激的な光景の連続だ。
だが、ここで変にドギマギしたり目を背けたりすれば、「太刀葉」としての設定が崩れてしまう。
「私も早く着替えて帰ろっと」
俺は努めて自然な動作で、メイド服の背中のファスナーに手を掛けた。
すっと滑り降りるファスナーとともに、胸元と背中が無防備に空気に晒される。
白い肌に、今日一日締め付けられていた下着の跡。
ブラウスを脱ぎ、ふんわりとしたパステルカラーの私服へと袖を通していく。
「あ、太刀葉ちゃん、そのトップスめっちゃ可愛くない!? どこで買ったの?」
「あ、これですか? こないだ駅前のショップで一目惚れして買っちゃって……」
大学生らしい世間話に花を咲かせながら、スカートを脱ぎ、私服のデニムスカートへと履き替える。
その一連の動作の最中、隣の先輩の柔らかな太ももがかすかに触れ、俺の背筋に甘い痺れが走った。
(男としての理性が跳ね除けそうになるけど……だめだ、俺は今、女子大生の太刀葉なんだ……)
鏡に映る自分を見る。
ツインテールをほどき、大人っぽいセミロングの髪をサッと手ぐしで整える俺(太刀葉)の姿。
同世代の女の子たちに囲まれ、完全な「女子の会話」に溶け込んでいるこの背徳的な日常。
男たちの視線を独占したテラス席での快感とはまた違う、同性として完全に受け入れられているという謎の優越感とスリル。
「じゃあお先です! お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様~! 太刀葉ちゃん、また次のシフトね!」
手を振りながら更衣室のドアを閉めた瞬間、俺は小さく深く、息を吐き出した。
(ふぅ……今日も無事に乗り切った……)
会社や知人にバレたら一発アウトなのは間違いない。
だが、この秘密の変身バイトと、女子更衣室という絶対領域の魅惑――。
やっぱり、どう考えたってやめられるはずがなかった。

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挿絵よかったです。続き待っています。



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