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/tachiha/ - たちは板κ

リレー小説用
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8ef0c962 No.4740

89d84153 No.5066

「……本日は突然の、このような形で……会社としては、苦渋の決断であります」
冷房の効きすぎた会議室に、人事部長の乾いた声が無機質に響き渡る。
目の前に差し出されたのは、白紙の未来を突きつけるような一通の退職勧奨通知書であった。
佐藤健一(さとう けんいち)、四十歳、独身。
長年勤め上げた中堅メーカーの経理部で、数字の帳尻を合わせるだけの人生を送ってきた。
身寄りなし、恋人なし、趣味といえば、誰にも言えない秘密の情熱――物心ついた頃から狂おしいほど愛してやまない「ダンス」だけ。
仕事帰りの深夜、誰にも見られない防音のレンタルスタジオで、全身全霊を音楽に委ねてステップを踏む瞬間だけが、彼のすり減った魂の救いだった。
しかし、その唯一のアイデンティティを支えていた安定した生活基盤すらも、昨今の業績悪化という名の冷徹な波によって一呑みにされてしまったのだ。
「リストラ、か……」
トボトボと黄昏時のアスファルトを歩く健一の背中は、年齢以上に老け込んで見えた。
手には退職金代わりの微々たる手切れ金。
明日からの生活費を考えると、胃のあたりがキリキリと痛む。
40歳、独身、無職。社会という名の巨大なダンスフロアから、完全にステップを踏み外してしまった瞬間だった。
行き場のない絶望感に突き動かされるように、健一が足向けたのは、かつて学生時代の親友である竜崎豪(りゅうざき ごう)が経営するフィットネススタジオ『スタジオ・エッジ』だった。
かつては活気に満ち溢れていたはずのその場所は、今や閑散とし、シャッターを下ろす寸前の淀んだ空気に包まれていた。
「おう、健一か。いいタイミングで来てくれた……いや、顔色が最悪だな」
受付のカウンターで頭を抱えていた豪は、健一のやつれた姿を見るなり、深いため息をついた。
豪の表情には、経営難による極限の疲弊の色が濃く滲んでいる。
「聞いてくれよ、健一。うちのスタジオもいよいよ今月でジ・エンドだ。大手資本の大型ジムに客をごっそり奪われて、このまじゃあ借金まみれの夜逃け前夜よ。お前もリストラされたって? はは、皮肉なもんだな、俺たち揃いも揃って人生の崖っぷちってわけだ」
豪の自嘲的な笑いに、健一は苦笑いを返すことしかできなかった。

89d84153 No.5067

二人がグラスを傾けながら、かつての夢や、それぞれの不甲斐なさを語り明かしたその時、豪は何かを思い出したように机の引き出しの奥をまさぐり始めた。
「……なあ、健一。最後に、一縷の望みに賭けてみないか?」
「望みって……俺たちに何ができる。俺にはダンスのスキルしか無いが、この年齢の、しかも冴えないおっさんのダンス教室になんて誰も見向きもしないさ」
自虐的に吐き捨てる健一の前に、豪がドンと置いたのは、怪しく青く蛍光に発光する、不気味な液体が入った小さなアンプルだった。
「なんだ、これ……?」
「俺の知り合いの怪しい……いや、最先端のバイオベンチャーの科学者が開発した『肉体改造・新陳代謝超活性化カクテル』の試作品だ。これを飲むと、細胞レベルで新陳代謝が爆発的に活性化し、肉体が全盛期の最もポテンシャルの高い状態へと劇的に若返るらしい。……まあ、副作用でちょっとホルモンバランスがバグるかもしれんがな!」
「おいおい、そんなの飲めるわけないだろ! 薬機法アウトだろ絶対!」
「背に腹は代えられるか! 試してダメなら一緒に心中だ! さあ、飲め!」
豪の荒唐無稽な勢いと、長年の友情ゆえの半ばヤケクソな強要に押され、健一は勢い余ってその怪しげな液体を喉へと流し込んでしまった。
瞬間――。
「がっ……! くっ……!」
全身の血管という血管に、沸騰したマグマのような熱エネルギーが駆け巡る。
骨格がミシミシと音を立てて組み替わり、内側から激しい変容の波が押し寄せてきた。
意識がホワイトアウトしていく暗闇の中で、健一の身体はみるみるうちに縮こまり、筋肉の質感がしなやかに、そして美しく再構築されていく。
翌朝。
スタジオの床の上で目を覚ました健一は、異様な違和感に飛び起きた。
視野が高い。いや、自分の手を見て驚愕する。そこにあったのは、かつての節くれた荒々しい男の手ではなく、滑らかでキメの細かい、完璧に引き締まった美しい白磁の肌を持つ、華奢でグラマラスな女性の手だった。
「ひっ……!? なんだこれ……声がっ……!?」
慌てて近くの鏡に駆け寄ると、そこから映し出していたのは、栗色のミディアムヘアを揺らし、輝くような大きな瞳と、スポーツウェアがこれ以上ないほど映える、誰もが振り返るような圧倒的な美貌の若い美女の姿だった。
「う、嘘だろ……俺が……女に……!?」
絶叫する健一、もとい「健子(たけこ)」。
しかし、そのパニックを遮るように、スタジオのドアが開き、朝一番の会員たちが続々と入ってきた。
崖っぷちのスタジオを救うため、豪は事態を飲み込めていない健一を、有無を言わせずそのまま新人インストラクターの壇上へと押し出した。
「お待たせしました! 本日からの特別講師、圧倒的カリスマインストラクターの『KEN』……いや、『KEN』先生です!!」
戸惑いながらも、音楽のイントロが鳴り響いた瞬間、健一の身体に染みついた長年のダンスの血が騒ぎ出す。
驚異的に若返り、女性特有のしなやかさと柔軟性を手に入れたその肉体は、かつての中年オヤジの限界を軽々と超越していた。
キレのあるアイソレーション、妖艶かつダイナミックなステップ。
音楽と一体化したその圧倒的なダンスパフォーマンスは、瞬く間にスタジオ中の視線を釘付けにした。
「す、すごい……! あの先生、動きが美しすぎる……!」
「スタイル抜群だし、動きが神がかってない!?」
レッスンが終わる頃には、スタジオは熱狂の渦に包まれ、その日のうちにSNSを通じてその噂は爆発的な広がりを見せることになった。
人生のどん底から一転、怪しい薬によって「奇跡の美少女インストラクター」へと生まれ変わってしまった四十路オヤジの、前代未聞で刺激的なダンスシンデレラストーリーが、いま、華麗なるステップと共に幕を開ける――!



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